前田正治さん(まえだ・まさはる)/久留米大学医学部卒。専攻は災害精神医学。現在は福島県立医科大学医学部災害こころの医学講座主任教授。ふくしま心のケアセンター所長(写真:本人提供)
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 大地震から生活再建を目指す中、豪雨に見舞われた石川県能登地方。「複合災害」で懸念されるのは、ストレス状態の長期化だ。被災者はどのような心理状態なのか。AERA 2024年10月28日号より。

【写真】仮設住宅一帯が茶色い水に囲まれてしまった……

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 今回の水害で被害に遭われた方の中に、「もう、笑うしかない」といった反応が見られたそうですが、これは、衝撃的な出来事の直後の「急性期」に起きやすい心理的な反応です。専門的には「トラウマ性解離」と言います。要は感情のまひです。

 一方で、懸念されるのが、「複合災害」によるストレス状態の長期化。災害の慢性期にも、感情をなくすような「失感情」が見られます。今回の奥能登の被災者は、何回も避難先を変えてきた上で水害に遭った方もいる。「こんなこと、起こるはずがない」ということが現実になり、取り戻しつつあった日常が、また崩れる。トラウマ体験が繰り返されることで、この世界は安全だという感覚を喪失しやすくなります。

 過去の大きな震災の事例から、災害が長期化した場合に、震災関連死や自殺のリスクが高まることもわかってきました。私がかかわった研究では、災害直後は一時的に自殺率が低下する時期がある。頑張ろうと気分が高揚していて、その時期はリスクが低いのですが、その後、数年経過すると自殺率が上昇に転じる。そんな「U字形」の推移を示す傾向が見られました。

 気になるのは、特に高齢者や女性に遅発性の自殺率上昇が多かったことです。そのため、「コミュニティーの分断」が長期的な自殺リスク上昇につながる可能性を懸念しています。とりわけ高齢者は身体的に不利であり、孤立もしやすい。コミュニティー崩壊の影響をもろに受けてしまう。希望の喪失や無力感が生まれやすい複合災害では、なおさら注意が必要です。避難住民が広域に避難せざるを得ない奥能登でも、対策を講じる必要性が高いでしょう。

 被災地で身近な人ができる精神的なケアとしては、被災者に声をかけるなどの見守り支援も要ります。特に大災害の後に半年以上が経過すると、疲弊が非常に強い時期に入ります。 「頑張ろう」という言葉かけがきついと感じる被災住民もいることでしょう。

 そしてこの時期には、支援者自身のメンタルケアも重要です。多くの研究から、東日本大震災でも、支援者は一般の被災住民に比べてもメンタルヘルスが非常に悪化しやすいことがわかっています。特に、前線で長期にわたって復興にあたる自治体職員や医療・福祉関係者のメンタルヘルスが心配です。住民・支援者双方に対する継続的なこころのケアが必要なのは明らか。今こそ多職種チームによる支援を手厚くしていく局面だと感じます。

(ジャーナリスト・古川雅子)

AERA 2024年10月28日号