福島県産の野菜の安全性と地産地消運動をPRしようと、キュウリにかぶりつく西田敏行さん=2011年4月1日、福島県郡山市内のスーパーで(写真 朝日新聞社)

 前福島県知事の佐藤栄佐久にも忘れられない出来事がある。佐藤は06年、県発注のダム工事に絡む収賄容疑で逮捕され、第1審で有罪判決、高裁でも有罪となり、いまも刑事被告人の身だ。だが、逮捕の裏に、原発の安全性に疑問を投げかけ、地方自治を主張してきた佐藤を抹殺する意図があったと、著書『知事抹殺』に記している。本を書く前、郡山市内の料理店で開かれた支援者の集まりに出ていたときのことだ。突然、西田が店を訪ねてきた。佐藤がいることを耳にし、励ましに訪れたのだ。

「私がまだ世間から厳しい目で見られていた時ですからね。でもそんなことはまったく気にすることもなく、大変だったねえと、激励してくれましてね。温かい人、凄い人だと思いました」

 西田はそのとき、佐藤とはまだ面識はなかったが、事件後の佐藤の身を案じていたのだ。

 昨年、原発事故が起き、再び西田は郡山で佐藤と会った。その席で西田は、情操を育んでくれた福島が汚された悔しさを、涙を流しながら話した。

CMを干されても原発NO、枯れた俳優にはならない

 少年時代、時々、べコ(牛)のションベンが泡立って流れてくる阿武隈川で泳いだ。畑のキュウリや干し柿を無断で取って食べ、怒られたりもした。そんなことを、福島県内や、福島から他県に避難している人たちの前で語り、笑わせる。心の拠り所となっている、少年時代の体験と原風景がたまらなくいとおしい。想いが深いほど、それを奪った原発への怒りは燃えたぎる。「コマーシャルの仕事を干されるかもしれない。それでもいいんだ。原発はいらない。これは絶対言い続けていかないといけない」。郡山に住む親友の一人、斎藤光宏は、西田がそう力説していたのを覚えている。

 西田の言動に関して、「俳優は黙って芝居していればいいんだ」といったような批判がネット上に流されたこともある。長年出演してきたCMが打ちきりになったことも事実だ。原発問題が原因だろうということは感触でわかる。だが、原発に対する考え方は、これからも貫き通す。

 西田は、いま俳優として円熟期を迎えている。かといって、枯れた俳優になるつもりはない。

「役者として、いい味だしてるねえ、というよりは、あのじいさんちょっとうるさいね、まだ生っぽい、レアな、こんがり焼けてないよね、というような役をやりたい」(文中敬称略)

(文/高瀬毅)

※AERA 2012年5月14日号

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