平日でも休日でも、昼間から飲めるのがホッピー通り。あちこちから呼び込みの声が響き、活気があふれる。

今回、取材場所となった「ととや」はホッピー通りに2018年に開店した新鋭。老舗魚河岸が母体とあり、周辺は「煮込み」が名物の店が多いなか、おいしい鮮魚を食べられるお店として多くのお客さんで賑わう人気店。

「え? 浅草で噺家がよく行くお店? それは秘密だよ(笑)」

「ねえ、あの焼きそばってどんな味!?」と店員に確認して注文、なんとも楽しそうにひと口。師匠の好奇心、いまだ健在。

東京の横丁とは?

心の鎧を脱がせてくれる場所

東京には、横丁がある——。

特定のエリア内に、居酒屋やバーなどが軒を連ねる「横丁」。ときに「飲み屋街」として楽しまれる、そんな横丁が東京には多数存在します。近年では、若い世代や女性、外国人旅行客の姿も多く見られるようになり、ちょっとしたブームともいえるでしょう。また、古くから続く「横丁」だけでなく、「ネオ横丁」と呼ばれる新しいジャンルの横丁も近年続々と登場。より多くの人々に受け入れられる存在へと変貌を遂げているのです。

本企画「みんな楽しい!東京の横丁」では、古さと新しさが混ざり合う「現在の横丁」の面白さを、さまざまな視点から紹介していきます。あ、東京の魅了発見!


ところで。まずは「横丁」とはなに? なぜ横丁に人が集まるの?と疑問に思うかもしれません。この問いに答えていただいたのは、〝昼飲み〟の番組を持つほどのお酒好きで、横丁についても一家言あり……、浅草・ホッピー通りにふらりと現れた林家正蔵師匠です。

プロフィール

九代
林家正蔵さん
落語家

1962年、東京都根岸生まれ。祖父が七代目林家正蔵、父が初代林家三平という落語一家に生まれる。1978年、三平に入門し、こぶ平を名のる。1987年真打ち昇進。親子三代の真打ちは史上初となり話題を呼ぶ。2005年、九代「林家正蔵」を襲名。ドラマや舞台、バラエティ、CMなど幅広く活躍。旅専門チャンネルにて「林家正蔵の今日も四時から飲み」放送中。

観光地でない“楽しみ”が
東京で残る場所

「横丁は、最後の砦なんですよ」
浅草演芸ホールという寄席もあり、多くの落語家にとって馴染み深い場所である浅草。取材時は平日の昼間だというのに、ホッピー通りのお店はどこも杯を傾ける人たちで大賑わい。そんな光景を眺めつつ、正蔵師匠がまず口にしたのはこんな言葉です。

「今、多くの方たちが東京という街に来てくださってますよね。日本国内からはもちろん、世界中のあちこちから観光に訪れる。非常に街が賑わいを見せていて、それはいいことだとは思うんです。でも……ちょっと多すぎやしませんか!?と(笑)」

普段使いしていた近所のお店に行列ができ、お気に入りの〝いつもの店〟に入れないことも増えた。だからこその、冒頭の発言。観光地化されていない日常の楽しみが、そこにはあるから。

「だから正直なことを言うと、僕は好きな〝横丁〟は紹介したくないの」

そう言いつつ、ジョッキ片手にいたずらっ子のように笑います。生ビールから緑茶ハイ、ホッピーへと移行して、近くの席のお客さんが食べていた焼きそばを「あれ、おいしそうだなあ。頼んでいい!?」と注文。長年体に染み付いているであろう師匠の〝横丁での飲み方〟は、なんともスマートで、粋。

横丁に残る
忘れられない思い出

正蔵師匠にとって「横丁」は、さまざまな思い出が詰まった大切な場所でもあるそう。

「横丁に行き始めたのは20代かな。最初によく行ったのは新宿の『思い出横丁(新宿西口)』。大体は手強い先輩に連れられて行くんだけど、酒の肴は〝先輩の小言〟。鬱陶しいんだこれが(笑)。でも、愛情があるんだよね」

忘れられない思い出をひとつ、語ってくれました。それは25歳のとき、真打ち昇進試験に受かったときのこと。十数人抜きでの真打ち昇進は当時も話題となっただけでなく、仲の良かった先輩を抜いてしまうこととなった。ギクシャクするのが嫌だな……と思っていたけど、ある日その先輩から飲みに誘われた。そこで訪れたのが、いつもの「思い出横丁」。

「『もつ煮込みを食いに行こう』って、2人きりでね。2人でホッピーを飲んでるんだけど、最初のうちは何も言わない。で、2杯目になったときに、顔をあわせないで言ったんだよ。
『……あのさあ。ちゃんと抜けよ』って。『こぶ平に抜かれたんなら仕方ねえな、って噺家になってくれよ』」

そして「おめでとう」と杯を傾けた先輩の姿は、今でも忘れられないと語ります。横丁はそんな、噺家人生の中でも大切な思い出が詰まっている場所。だからこそ、変わらずに残っていて欲しい……師匠の言葉からは、そんな思いが伝わってくるようでした。

「少し緊張する」くらいが
ちょうどいい

初めて横丁に足を踏み入れる人にアドバイスを伺うと「必要なのは好奇心、かな」とのこと。

「あと、ちょっとビクビクドキドキする場所のほうが僕は好きで。昔ながらの横丁って『大人が似合う街』だと思うんですよ。だからこそ、初めて足を踏み入れるときは少し緊張する、そのくらいでいいと思うんです」

店の扉を開けて、常連たちや店主の視線を感じる。この店手強いな……と思いつつ、周りの常連客が飲んだり食べたりしているものを横目で見ながら注文。ときには冷や汗をかくようなこともあるかもしれない、でもたまにはそんな経験もして欲しい、とくに若者には、と。

「そういう意味では、今増えている新しい横丁、だいたい入口に地図があって、『どこに何があるか』がわかりやすいじゃない? 入りやすいけど、ドキドキ感は薄れちゃうかな。僕の持論で言うと『横丁は迷うべし!』だから(笑)」

「ねえ、あの焼きそばってどんな味!?」と店員に確認して注文、なんとも楽しそうにひと口。師匠の好奇心、いまだ健在。
平日でも休日でも、昼間から飲めるのがホッピー通り。あちこちから呼び込みの声が響き、活気があふれる。
今回、取材場所となった「ととや」はホッピー通りに2018年に開店した新鋭。老舗魚河岸が母体とあり、周辺は「煮込み」が名物の店が多いなか、おいしい鮮魚を食べられるお店として多くのお客さんで賑わう人気店。
「え? 浅草で噺家がよく行くお店? それは秘密だよ(笑)」

心の鎧を脱がせてくれる
それが横丁の良さ

よく行く横丁のお店では、何も言わなくてもいつもの飲み物といつもの肴がスッと出てきて……そんな姿を勝手に想像していたけれど、実は正蔵師匠、あまり「“常連”にはなりたくない」タイプだそうで……。

「だって、大事な1杯だもの! とくに『今日の1杯目』は自分で決めたいじゃない!? だから、お店に飲み物を決められるのは好きじゃないんだよね」

店を訪れるのも、だいたいひとり。初対面の店内のお客さんと打ち解けるような飲み方はせず、店と馴れ合うようなこともあまり好きじゃない。いつまでも“初めて訪れたお客”のような心持ちでいたい。それが、正蔵師匠流の飲み方。でも、あえて横丁に他の人を誘うこともあるとか。

「最近知り合って、この人ともっと話したいな……と思う若い人だったり、自分が一目置くような人だったり。自分とは違うジャンルの、第一線のプロフェッショナルの人だったりね。そういう人はあえて、自分が普段行ってるような横丁のお店だったり、スナックとかに連れていきたくなるんですよ」

横丁という空間が鎧を脱がせてくれるのか? そういう場所のほうが、不思議と距離が縮まり、本音の会話ができるのだそうです。

「そう考えると、横丁はちょっと“大人の教室”みたいなところがあるかもしれないね。昔はよく『銀座は大人の大学』と言ったものだけど、それを言うなら横丁は『大人の予備校』かな? 大学受からなくてもいいじゃん、ってね(笑)。まだまだ学び中の人も、たくさん寄り道をしてる人も、いろんな人を受け入れてくれる場所。それが横丁の良さだと思います」

酔っても、崩れる姿は見せたくない。その言葉通り、きれいに杯を飲み干して、浅草の街へと颯爽と消えていった正蔵師匠。横丁には、観光地化されていないが故の楽しみがあり、心の鎧を脱がせてくれる場所——。それもまた、さまざまなバックボーンを持った人たちが一期一会的に集まる「東京」という街の魅力であり、横丁が必要とされる理由のひとつなのかもしれません。


ホッピー通りのような古き良き横丁はもちろん、新しいスタイルの横丁など、東京にはさまざまな横丁がたくさん。いつもの行きつけもいいけれど、たまには少しだけ足を延ばしてみても良いのでは? 本企画で紹介するさまざまな横丁から、きっとあなたのお気に入りがみつかるはず。正蔵師匠のアドバイスのように「少しだけドキドキ」しながら、ぜひ一歩踏み入れて楽しい横丁を見つけてみましょう!

撮影協力

ととや
  • 所在地東京都台東区浅草2-4-13
    Google Maps
  • アクセス浅草駅 徒歩3分、浅草駅(つくばエクスプレス)から162m
  • 営業時間月〜金・祝日:10:00 - 23:00、土:09:45 - 23:00、日:09:00 - 23:00
  • 電話番号03-6802-8870

横丁info

ホッピー通り

浅草の名所・浅草寺の西側にある酒場通り。下町情緒ある大衆酒場が軒を連ね、観光名所として、また昼からお酒を飲めるスポットとして多くの人で賑わっています。

  • 所在地東京都台東区浅草2丁目
    Google Maps
  • アクセス浅草駅 徒歩約3分、浅草駅(つくばエクスプレス)から徒歩約2分
  • 営業時間 店舗ごとに異なります。店舗に直接お問い合わせください。

シェア

・未成年者の飲酒は法律で禁じられています。お酒は20歳になってから。
・妊娠中や授乳期の飲酒は、胎児・乳児の発育に悪影響を与えるおそれがあります。
・飲酒運転は法律で禁止されています。
・飲みすぎに注意、お酒は適量を。