芝居を見ていたテレビプロデューサーから声がかかり、NHKの連続テレビ小説「北の家族」に大工役で出演。その後、ドラマ「西遊記」で猪八戒役を演じた。そしてなんと言っても西田の名前を強烈にアピールしたのは、80年から放送が始まったドラマ「池中玄太80キロ」だ。通信社のカメラマン役の西田が鬼デスクの長門裕之からしょっちゅう怒鳴られるが、大声で言い返して喧嘩になる。怒っているのに、おかしみの滲む憎めない人物の演技が面白く、毎回繰り広げられる喧嘩のシーンは番組の“ハイライト”でもあった。
西田には、天性とも言える人を惹きつける人間性と、エンターテイナーとしての才能があった。ドラマ撮影の打ち上げで、西田は末席にいるスタッフにも声を掛け、つねに座の中心で明るく飲んで食べ、笑わせる。「西田がいると宴会が楽しいからと、ワンシーンだけのキャスティングをされていたこともある。ところが、そのワンシーンがあんまり面白いから、何シーンも出ることになり、主役を食うので、“人食い人種”なんて言われてました」(小林)
「植村直己物語」「敦煌」「おろしや国酔夢譚」と、世界の極地でハードな撮影を共にした映画監督の佐藤純彌は、西田のことを親しみを込めて「びんこう」さんと呼ぶ。
「喜劇役者の感じがしますが、シリアスな役もやるし、『敦煌』では豪放な武将を演じたりと、俳優としての幅が凄い。そういうことは頭で考えてもできないんです。感性で、役の人間性を把握しているから、役になりきりながら、びんこうさんの味もちゃんと出せるんです」
功罪半ばの政治家演じたい 刑事被告人の前知事を激励
映画「星守る犬」の監督、瀧本智行は「あの年齢で主役を張れる役者は、たけしさん(北野武)と西田さんぐらい。人を惹きつける力は理屈じゃない。役者そのものを見たいと思わせる力です。高倉健さんもそう。西田さんには、見ているだけで幸せになれそうな安心感があるんですよ」。
一方で瀧本は、西田の中にある複雑な人間性を感じとってもいる。
「絶対に負の部分、いやな部分を抱えているはずなんです。それを掘ったら親しみやすい西田さんじゃなくて、本当の人間の凄み、業が滲みでるような気がします」
瀧本に会う前、西田から、「いま演じたいのは、功罪半ばする政治家の役。日本人論の集約としてやってみたい」という話を聞いていた。心の奥底に横たわる、解決のつかないドロドロした感情を、役者として表現することを意識しているのだ。
その西田が、「星守る犬」のキャンペーン期間中に、原発事故について批判的なメッセージを発し、宣伝担当が慌てたことがあったと瀧本は言う。
「僕は、非常に直接的でよかったと思いましたけどね。本気でしゃべらないと人は耳を傾けません。宣伝部もあとで、いかにも西田さんらしいと言ってました。西田さんは、あと先考えない。瞬間、瞬間に生きている。とても正直なんです」
昨年末に急逝した脚本家の市川森一が、キネマ旬報(11年5月下旬号)で西田について興味深いことを書いている。市川は遅筆で、ドラマ「淋しいのはお前だけじゃない」のとき、西田は、リハーサル室に1枚ずつ届けられる生原稿に黙々と付き合ってくれたという。
「西田が出演するドラマの現場は、リハーサルや収録が終わっても誰も帰りたがらない。みんなできるだけ長く西田と一緒にいたがる。西田と同じ空気を吸っているだけで落ち着くらしい。(中略)そうした彼の本質は、意外なほどに地味で、不器用な真心に根ざしているのだ」