愛犬を連れ、外の席で飲むお客さん。路地の中は建物の外でありながら中のような不思議な空間。

手塚氏が経営するお店のひとつ、カフェモスクワの人気メニュー「佐助豚のカツサンド」。ちなみにVICの経営店は、他の系列店からの出前も可能とか。横丁ならではの楽しみ方だ。

赤を基調とした店内が印象的なカフェモスクワはスペインバル。ふらりと立ち寄り1杯もよし、グループでゆっくり楽しむもよし。

店は3階建て。細い階段を上がった先にはテラス席もあり、ハモニカ横丁を上から眺めることもできる。

現在、VIC系列のお店では外国人スタッフが主戦力。昔ながらの横丁に、多国籍の風が吹く。

東京の横丁をもっと知ろう〈温故編〉

「横丁は、もっと面白くなれる」
キーマンが語る、吉祥寺・ハモニカ横丁のいま

東京・吉祥寺駅北口のハーモニカ横丁、通称「ハモニカ横丁」は、狭い路地と間口の狭さとは裏腹に、日常の買い物客から〝飲み〟を楽しむお客さんまで、幅広く受け入れる〝度量の広さ〟が魅力の横丁です。現在のハモニカ横丁を語るうえで外せない人物が、株式会社ビデオインフォメーションセンター(VIC)・代表取締役の手塚一郎氏。ハモニカ横丁内で12店舗もの飲食店を手掛ける手塚氏が語る、「ハモニカ横丁の今昔」。

プロフィール

手塚一郎さん
株式会社ビデオインフォメーションセンター 
代表取締役

1947年生まれ、栃木県宇都宮出身。ハモニカ横丁内で飲食店12店舗を手掛けるほか、三鷹駅北口の「ハモニカ横丁 ミタカ」、原宿のハラカド「TALKING GORILLA」など、他エリアでの飲食店出店も数多い。

人気の街・吉祥寺で
昼夜問わず人を集める場所

JR・京王井の頭線吉祥寺駅の北口を出ると、目の前に活気ある店がひしめく〝横丁〟が現れます。狭い間口の商店が並ぶ様子がハーモニカの吹き口に似ていることから「ハモニカ(ハーモニカ)横丁」と呼ばれるこの場所では、約100軒のさまざまな店が営業中。迷路のような細い路地が連なるエリアでは、昼間は鮮魚店や青果店、和菓子店、漬物店、洋服販売店などが多くの人でにぎわい、夜になると居酒屋や飲食店が活気あふれる様相に。吉祥寺という街において、外せない人気スポットのひとつなのです。

手塚氏とハモニカ横丁の関わりを語る前に、まずは「吉祥寺」という街に関わることになったきっかけを。手塚氏が最初に吉祥寺に開いたのは、飲食店ではなくビデオテープ専門店でした。

「三鷹にある国際基督教大学に通っていたんですが、僕が学生の頃は学内紛争の真っ只中。そんな状況もあり、学生たちで1972年に学内有線テレビを始めたんですよ。そのまま卒業後も演劇とかバレーボールとかいろいろな映像を撮影していて、最初はそれで生活しようとしたけれど全然食えないわけです。じゃあ、と情報機材の専門店を吉祥寺で始めることになりました。それが1979年くらいの話ですね」

そのお店自体は駅から離れた場所にあったため、「駅に近い場所に販売店舗が欲しい」というシンプルな理由から、ハモニカ横丁に新たな店舗を構えたのが1988年。しかし、家庭用ビデオの普及とともにビデオテープ自体が安価になり、それまでのビジネスに陰りが見えてきてしまった。そこで、ちょうど店舗の2階が空いていたので、飲み仲間の建築家とデザイナー、手塚さんの3人で週末だけの焼き鳥屋を始めたのが飲食業のスタート。

「オープンは1998年の1月15日と決めてたんですけど、めちゃくちゃ大雪になっちゃって。今日は休みで明日からにしよう、と。最初はそんな感じでしたね」

「ハモニカキッチン」という名前で始めたその店ですが、最初は全然お客さんが来ず、閑古鳥が鳴くような日々も多かったのだそう。今のVIC系列の店の盛況ぶりからはとても想像がつかない光景です。しかし、店舗の内装からメニューまで自分で決められる飲食店というものが、手塚氏にはとても面白く感じられたのだといいます。

「街を守る」ために
できること

ビデオテープ店の2階から始まった手塚氏たちの飲食業は、今ではハモニカ横丁内で多くの店舗を構える一大チェーンとなりました。また、原宿の「ハラカド」や下北沢など、別のエリアの「横丁」への飲食店出店もありますが、やはりホームであるハモニカ横丁での店舗展開の勢いが目立ちます。なかには2階の内装を建築家・隈 研吾氏が手掛けた「ヤキトリてっちゃん」のような店も。隈 研吾氏との出会いも、店の常連に建築ジャーナリストがいたことから実現したとのことですが、有機的に人がつながっていく、いかにも横丁らしいエピソードです。

「お店は、作ってからが大変。開店の2〜3日前から『あーやらなきゃよかった』『どうやってお客さんを集めよう』って考えてますよ(笑)」

そうぼやく手塚氏ですが、店を増やしているのはただのビジネス戦略からではありません。

「今の僕くらいの年齢になると、自分のことよりも街づくりだったり、そういうことを考え始めるんですね。今の吉祥寺はまだ空き店舗率をなんとか保ってはいるけれど、15%を超えた瞬間にもう街はもとに戻らないと思うんです」

地価がどんどん高くなり、生き残れるテナントは大きな資本を持ったチェーン店など一部のみ……というのは東京のあちこちで起こっている現象。吉祥寺、そしてハモニカ横丁も無縁ではないようです。

「そのうちデパートでさえも、全部すっからかんになるかもしれない……と僕は思っています。でもそうなったときには遅いから、『ここが空いているから借りてくれないか』と言われたらどうにかしようと頑張る、それが今の状況ですね。ずーっとこういうことをこれまでは一人ぼっちでやってきた。ただこれからは、例えばデパートだったり、大手資本の人たちとも組むしかないのかな、と。でもこの窮状を僕はこんなにクリアにわかってるんだけど、全然そういう人たちにはわかってもらえないんだよね。10年くらい忍耐強く続けていって、わかってもらえるのを待つしか無いのかもね」

現在、VIC系列のお店では外国人スタッフが主戦力。昔ながらの横丁に、多国籍の風が吹く。
愛犬を連れ、外の席で飲むお客さん。路地の中は建物の外でありながら中のような不思議な空間。
手塚氏が経営するお店のひとつ、カフェモスクワの人気メニュー「佐助豚のカツサンド」。ちなみにVICの経営店は、他の系列店からの出前も可能とか。横丁ならではの楽しみ方だ。
赤を基調とした店内が印象的なカフェモスクワはスペインバル。ふらりと立ち寄り1杯もよし、グループでゆっくり楽しむもよし。
店は3階建て。細い階段を上がった先にはテラス席もあり、ハモニカ横丁を上から眺めることもできる。

「ハモニカ横丁は面白い」と
注目する若い世代も

建物の老朽化や、昔ながらの店の店主の高齢化、防火対策など、古い横丁が直面している問題は、ハモニカ横丁も無縁ではありません。しかし今のハモニカ横丁には〝新しい風〟も吹き始めています。例えば「ハモニカ横丁でスケボーのイベントをやりたい」「DJイベントをやりたい」という若い世代たちが近年増えているのだとか。

「吉祥寺の『the Apartment』というセレクトショップや『The Daps』というアメリカンフード店、このふたつの店の店主が今のそういう若者カルチャーを牽引するキーマンだなと僕は思ってるんだけど。彼らのつながりで面白い人達が吉祥寺でイベントをやることが増えた印象だね」

聞くと、そういう若い世代のなかには、かつて中学生だったころに手塚氏の店でMDを買っていた人もいるそうで……手塚氏がハモニカ横丁で撒いた種が、年月を経て着々と芽吹き始めているのでしょう。

「同じことをやるのはつまらない」インタビュー中、何度も繰り返した手塚氏。

「横丁の店も、お店の中の人それぞれが、もっと面白いことをやったらいいんじゃないかと思うんです。みんなで同じことをやってしまったら、終わりだと思うんですよね」


住宅街が近いからか、ハモニカ横丁にはふらっと訪れたであろう地元の常連客の姿が多い印象です。だからこそ旅行客やほかのエリアの人たちも気負わず“普段着”で飲める場所。そんなフレンドリーな雰囲気が、迷路のような横丁のそこかしこにあるのが楽しいのです。東京には魅力的な横丁がここ以外にもたくさん! ぐるぐるといろんなお店を覗きながら、“はしご酒”するのがおすすめですよ。

横丁info

ハモニカ横丁(ハーモニカ横丁)

第二次世界大戦後、吉祥寺駅周辺に自然発生したマーケットがルーツ。1950年代から現在のような商店街が形成されることに。現在は海外からの観光客でも賑わう。

  • 所在地武蔵野市吉祥寺本町1丁目1
    Google Maps
  • アクセスJR・京王井の頭線吉祥寺駅北口より徒歩1分
  • 営業時間店舗ごとに異なります。店舗に直接お問い合わせください。

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