京都大学大学院人間・環境学研究科特定准教授、デ・アントーニ アンドレア。イタリアで日本語を学ぶうちに、仏教に興味を持ち、地獄の研究をするようになった。当時の夢はロック歌手。学者にだけはならないと思っていたのに、巡り巡って日本に来て、現在は京都で憑依や除霊を研究している。見えない世界の研究から見えてくるものがある。アンドレアの目に映る世界は、日本は、社会は、どんなものなのかを追った。
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床にうつぶせになっていたマリアは、まるで体の中の悪魔が逃れようともがいているかのように体をくねらせ、ねじり始めた。4人の人が祈りを捧げながら彼女を押さえつけていた。マリアのパートナーであるジュゼッペは、彼女のふくらはぎと太ももを押さえていた。60代半ばの女性ヴァレンティーナは、彼女の頭を押さえていて、60代後半のかなりがっしりした男性のマルコと私は、それぞれマリアの右肩と左肩を押さえていた。
今まさに聖職者のエクソシストによって「悪魔祓(ばら)い」の儀式が行われようとする場面である。このあと儀式は〈憑依(ひょうい)された者に聖水をかけ、「聖人の祈り」を唱える〉と続く──。霊や憑依と聞いただけで眉をひそめる人は少なくないが、これは日本学術振興会の科学研究費を受けて書かれた「She Talks to Angels」という論文の冒頭の一部を翻訳したものだ。書いたのは京都大学特定准教授のデ・アントーニ アンドレアである。
「悪魔祓い」とは、カトリックで制度化された「除霊」の儀式だが、似たようなことは日本をはじめ、アジアやアフリカなどの各地でも行われている。時間を遡(さかのぼ)ってみれば、旧約聖書はもちろんのこと、日本でも平安時代以降の書物には霊や憑依現象がたびたびあらわれるのだから特殊な現象ではなかったのだろう。それが近代に入ると非科学的と批判され、科学技術が発達すればいずれ消えていくといわれた。ところが、逆に増えているのだという。なぜ増えるのだろう。憑依や霊の正体とはなにか。イタリアの悪魔憑(つ)きと日本の憑依を比較しながら、「除霊」によって原因不明の症状が改善する「宗教的治療」を研究しているのがアンドレアである。