少年たちの小さな冒険を描いた「海の街の十二歳」、小学校教諭と保育士の束の間の休日を描いた「岬と珊瑚」、八百屋で働く高齢の男女に惹きつけられる「オーシャンズ」、がんで余命わずかの男性のもとをかつての友人が訪れる「鯨骨」……。目に留まった現実のかけらから膨らませていった物語は、どんな人生をも否定しない。
なかでも、「鯨骨」は感じたことのないような味わいと深い余韻を残す。カツセさんが海辺の街に引っ越してきたその年、マッコウクジラが浜辺に漂着した。浜辺を駆け下り、大きな体と対面した。
「クジラの死体の匂いは、海の匂いを何百万倍も濃くしたもののように感じました。生命の力強さと海に漂い続けた動物の死骸が混じり合い、凝縮したかのよう。そう肌で感じました」
その少し後、同い年の友人をがんで亡くした。「人の死を物語にするのは、暴力的だし、ひどいこと」。そんな気持ちを抱きながらも、マッコウクジラの漂着と大切な友人の死を重ね合わせ真摯に書き進めた物語は、“奇跡の産物”とも言える、強度のある物語となった。
「物語に動かされて書いた、ほぼ初めての経験でした」
物語にしたことで亡くなった友人のことを忘れない。そんな感覚を得ることもできた。
書き手として、さまざまな表情を見せることができた初めての短編集。「これを名刺代わりにしていけたら」。いま、素直にそう感じている。
(ライター・古谷ゆう子)
※AERA 2024年10月14日号