初防衛し、挑戦者の永瀬拓矢九段(左)と感想戦を指す藤井聡太王座=2024年9月30日、京都市東山区
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 注目対局や将棋界の動向について紹介する「今週の一局 ニュースな将棋」。専門的な視点から解説します。AERA2024年10月14日号より。

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 またしてもドラマチックな、大逆転での決着だった。

 藤井聡太王座(七冠、22)に永瀬拓矢九段(32)が挑戦した王座戦五番勝負。第3局は9月30日、京都市でおこなわれ、藤井が156手で勝利。3連勝のストレートで王座防衛を果たした。

「最後の最後に勝ちになったという一局だったかなというふうに感じています」

 藤井の言葉はいつも通り、謙虚だった。

 永瀬は昨年、藤井に全八冠制覇を許した。今期は立場を変え、挑戦者としてリターンマッチに臨んだ。「将棋界一の努力家」とも言われる永瀬は今期もまた、すさまじい事前準備を積んだに違いない。

 五番勝負が開幕し、第1局、第2局は藤井快勝。第3局は形勢拮抗の状態が長く続いたあと、ついに最終盤で永瀬が優位に立った。永瀬玉に詰みはなく、藤井玉は受けがない。ならば永瀬の勝ちではないか。そう思われたところで、藤井は香を打ち、永瀬玉に王手をかける。将棋のセオリーに従えば、ここは歩を打って香の利きをさえぎる一手だ。しかし正解は、自陣の桂を跳んで移動させる、セオリー外の妙手だった。永瀬の脳裏には第一感で、その正解手が浮かんでいた。しかし一手60秒未満で指さなければならない状況では、精査している時間はない。永瀬が選択したのはセオリー通りの歩打ち。それで永瀬玉は詰まない。しかし藤井玉も詰まなくなる。速度争いは逆転し、結果もまた逆転に至った。

「将棋は逆転のゲーム」

 そんなフレーズを思い起こした観戦者も多かっただろう。昨年の藤井八冠誕生局も、永瀬勝勢からの逆転だった。

「ゼロからがんばりたいと思います」

 今後の抱負を聞かれた永瀬は、そう答えていた。努力の鬼・永瀬の巻き返しを、今後も期待し続けたい。(ライター・松本博文)

AERA 2024年10月14日号

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松本博文

松本博文

フリーの将棋ライター。東京大学将棋部OB。主な著書に『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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