二十四節気も早いもので5月20日から「小満」を迎えました。入梅前のひととき、眩い太陽の光のもとで木や草の緑は濃さを増し、植物の成長や生き物の活動に命のきらめきを感じます。「小満」の意味合いは、万物が次第に長じて天地に満ち始めるということ。身近な「小満」を少し探してみましょうか。

徐々に茂りゆく草木。青葉若葉を「薫風(くんぷう)」や「青嵐(あおあらし)」がそよがせます

足早に颯爽と、夏が訪れた感じがする今日このごろ。晴れ渡った日にはどこまでも透みきった天空が広がり、青葉の匂いとともに、さらりと肌ざわりのいい風が吹き抜けます。
萌える若葉をそよがせる初夏の風のことを「薫風」と言い、夏の到来を知らせる風に、そこはかとないかぐわしさが漂ってくるようです。
葉桜、若楓(わかかえで)、青もみじ、柿若葉、…
さまざまに、思い思いに、草木たちが描く緑のグラデーションをざわめかせ、さわさわと吹き渡っていく強い風が「青嵐」で、「あおあらし」とも「せいらん」とも読みます。
この時季、上空に寒気が流れ込むと、突風が吹いたり、雹(ひょう)が降ることも。雹は夏に発生しやすい積乱雲の中の強い上昇気流で生まれる氷の粒。地表付近の気温がさほど高くない初夏に、ときおり地上に落下し私たちを驚かせます。
このところ気温もぐんぐんあがり、25度を超える「夏日」も増えてきましたが、一面の緑の世界と化した地上を揺らすように吹く風は、心地よく爽快そのものですね。

楚々と初々しい初夏の花。その名は「都忘れ(みやこわすれ)」

庭先やフラワーショップの軒先で、この季節によく見かける小さい紫の野菊のような花があります。
楚々と初々しいこの花を見つけるたびに、可憐さに、つつましい中にも感じられる気品に、心惹かれるその花の名は「都忘れ(みやこわすれ)」。
「野春菊(のしゅんぎく)」、「東菊(あずまぎく)」とも呼ばれ、山野に自生するミヤマヨメナの日本産園芸品種です。
小さいながらも葉も花びらも、凛と張った姿が何より気高く、「都忘れ(みやこわすれ)」という名もまた風情を感じさせますね。
この名の由来は一説によると、承久の乱で佐渡に流された順徳天皇がこの花を見て心を癒やし、都への想いを忘れたという逸話からだとか。(もしかすると、この花のように一見目立たないようでいて、よく見れば美しさと品格に胸打たれrるような島の乙女に出逢ったのでは…と、想像もふくらみます)
花言葉は「別れ」、「しばしの憩い」。水揚げがよく花持ちがいいので、切り花にしても長く楽しめます。
紫のほか薄いピンクや白などもあり、少し不揃いの花弁が一輪一輪に変化と個性を感じさせ、いつまでも見飽きない大好きな花のひとつです。

5月の銘「競馬(くらべうま)」。若駒が命を輝かせるレースも

茶の湯における5月の銘に、「競馬(くらべうま)」があります。
これは、数頭の馬を走らせ勝敗を決める競争のこと。京都・上加茂神社では5月5日に平安時代から続く神事「加茂競馬(かもくらべうま)」が催されるなど、いにしえから続く新緑薫る季節の行事のひとつです。
現在も5月は、若駒たちが疾駆し躍動するビッグレース「東京優駿(日本ダービー)」が開催されるころ。
一般にダービーと呼ばれるこのレースは、サラブレッド3歳のチャンピオンを決める伝統の競走で、東京競馬場の芝2400mで行われます(今年は、5月29日開催)。
一週間前の22日には、樫の女王の座を懸け乙女たちが競演する3歳牝馬の「優駿牝馬(オークス)」もあり、府中のグリーンの芝生のはひときわ美しく整えられ、500キロ前後もある駿馬たちがまさに嵐のように駆け抜けるゴール前の光景は圧巻です。
そうそう、作家・幸田文も競馬ファンで、ある年の雨が降ったダービーの様子が随筆集「動物のぞき」の中の一編「きりん」に綴られています。
まったく人気のない馬の馬券をたっぷり買い、着物姿でずぶ濡れになりながらも、最下位で入線した馬を応援する文さん。
「どの馬が勝ってもいいのである。どの馬が負けてもいやのである。もし出走馬がみんな同時にゴールすれば、私はこんな嬉しいことはない。本気でそうおもう。」
たてがみの端まで緊張させ、命を輝かせる馬たちの美事さに圧倒された果てにゆきついた深い愛情が、文さんの随筆には溢れているようです。

生きとし生けるもの、地球上の万物が生き生きとあふれんばかりに躍動する「小満」のころ。緑の葉の一枚に、花の一輪に、生き物たちが刻む一瞬に、みずみずしくも美しい生命のきらめきそのものを感じる時節です。
※参考&引用
動物のぞき(幸田文著/新潮文庫)