患者の自宅を訪問し、一人ひとりの「最期までどうよりよく生きるか」に寄り添い、診療や治療を行う在宅医。2000年にその専門クリニックを開業した、医療法人「ゆうの森」理事長・永井康徳医師に話を聞きました。発売中の『医学部に入る2025』(朝日新聞出版)より紹介します。
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「こんにちはー!」。大きな診療バッグを抱えて、永井康徳医師と看護師が患者の自宅を訪れた。
患者は脳の病気で寝たきりになり、意思疎通が難しくなった60代の女性だ。永井医師は月に2回訪問し、体温や血圧などを測り、健康状態を確認する。患者は胃に直接栄養を送りこむ「胃ろう」をつけているので、その確認も欠かせない。同居の家族が「最近元気がない」と話すと、その場で血液検査のための採血をする。
「心電図やエコー(超音波検査)も自宅でできますから、血液検査の結果によって次回チェックしましょう」と言う永井医師の言葉に、家族はホッとした表情を浮かべた。
診察は合計30分ほどで終了。玄関先で「じゃ、またね」と気さくに手をふり、永井医師は次の訪問先に向かって行った。
24時間365日対応でも疲弊しないシステム
永井医師が「たんぽぽクリニック」を開業したのは2000年のこと。当時はまだ在宅医療に特化した医療機関は珍しく、愛媛県では第1号だった。
「当時、日本人の8割以上が病院で亡くなっていました。日本の医療は長く『治すための医療』として発展してきたため、治療して治すことや、患者を生かすことが最優先されていました。もちろん、それは重要です。でも同じくらい、患者自身の『どう生きたいか』という希望も大切です。積極的な治療を望まない人にとって最善の医療は何かを、患者さんと一緒に考えたかったのです」
在宅医療を始めるにあたり、永井医師は二つのことを決めていた。一つは24時間365日で患者に対応すること。もう一つは医師や看護師が疲弊しないこと。
「在宅の患者さんやご家族は常に不安を抱えています。もし急変時に連絡がつかないと『やっぱり入院したほうが安心』と考えてしまいますから、24 時間対応は必須です。一方、それでは医療者が疲弊してしまいます。医師や看護師の数を増やして、当番制にするシステムを作りました」
そして何よりも大切にしていたのは、在宅医療の理念だった。
「ひと言でいえば、患者ファーストであること。患者さん本人が『楽なように・やりたいように・後悔しないように』一生懸命サポートするのが私たちの仕事です。病気や老いは避けられなくても、痛みをできるだけ取り除ければ楽になります。可能な限り患者さんの望みをかなえ、後悔なく生き切っていただきたい。それは残された家族の生きる力にもなります」
その思いを発信するために、永井医師はホームページを充実させ、講演会をし、勉強会を開き、本を出版した。理念に共感する医療者や患者が「たんぽぽクリニック」に集まるようになった。
開業から24年。現在では医師10人、スタッフは100人を超える。医師や看護師だけでなく、リハビリや介護などの多職種がともに働き、入院治療や外来もおこなう。在宅医療の一つの理想形とも言われるようになった。