本連載の書籍化第5弾!『鴻上尚史のおっとどっこいほがらか人生相談』(朝日新聞出版)

【鴻上さんの答え】

 さららさん。苦しみましたね。つらかったでしょう。

 かなり大変な状況のようですが、希望はあると思います。

 それは、「他人が困っていたり、理不尽な目にあっているときは、人に意見できます」という点です。

 さららさんは、いつも「人に言われっぱなし」でも「とっさに反論できない」わけでもないということです。

 ただ、自分のことと家族のことに関しては、すぐには言い返せない、すぐには反応できないということですね。

 でも、他人のことなら意見が言えるんですよね。つまり「何を言われても、何も浮かばない」「いつもとっさには言い返せない」ということではないということです。

 じゃあ、なぜ、自分のことや家族のことを言われた時は、言葉が出てこないかというと、感情がたかぶるからですよね。あまりにも興奮して体がかたまってしまうから、言葉が出てこないんですよね。でも、他人の場合だと、そこまで感情がたかぶらないので、比較的冷静に言えるということじゃないですか。

 さららさん。

 だとすれば、目指す方向は、「自分や家族のことでも、他人が言われている時に近い精神状態になれるようにする」じゃないでしょうか。

 え? そんな大変なことができるのかって?

 大変ですが、不可能じゃないと僕は思っています。

 ドナルド・トランプ前大統領とカマラ・ハリス副大統領のテレビ討論の時に、ハリス氏は、当日のテレビ討論と同じセットを事前に作って、トランプ氏とよく似た人物から、トランプ氏が言うだろうことを何十回も何百回も答えるリハーサルをしたと、テレビでコメンテーターが話していました。

 相手が当然言うだろうことを、事前にリハーサルするのはよくあることですが、驚いたのは、当日と同じセット、照明、雰囲気まで作ったことです。お金がかかっただろうと思います。

 それは、カマラ氏でさえ、当日、雰囲気にのまれて混乱しないために、ここまでやる必要があると考えたということです。なにせ、トランプ氏が何を言い出すかは、予想できませんからね。CNNがファクトチェックをしたら、少なくとも33回、嘘をついていたそうです。トランプ節ですね。

 さららさん。ハリス氏も、たぶん、人のことなら、客観的で冷静に問題点を指摘できるのだと思います。でも、自分のことになると、どんな人でも感情がたかぶり、うまく言えなくなるのは、当たり前のことです。

 さららさん。初舞台の俳優は、何がなんだか分からないうちに本番を終えます。ほとんどの人がそうです。

 それを繰り返さないためには、「練習」と「場数」です。

 さららさん。練習しましょう。まずは、思い出すと、「今でも胸が苦しく、怒りで震える」ことに反論することから始めるのはどうでしょう。あの時は、「言われっぱなし」で「反論できなかった」のですが、もう一度、あの時のことを思い出して、ちゃんと反論しようとするのです。

 えっ? 

 ドキドキしてそんなのやりたくない?

 でも、何もしなくても胸が苦しくて、怒りで震えることがあるんでしょう?だったら、思い切って反論してみませんか?

 ただし、集中と想像力が大切です。まずは、静かな環境で、たった一人で、その時の状態を思い出します。(信頼できる人がいれば、見守ってもらってもいいでしょう)

 目の前に嫌な相手をくっきりとイメージします。

 間違いなく、心臓がバクバクして、体が硬直し始めますね。でも、それでいいです。その状態で、反論をしてみるのです。

 やりっ放しではなく、録音することをお勧めします。聞き返すと、反論になってない言葉の連続でしょう。それでいいのです。

 何度も何度も繰り返しましょう。

 とっさに言いたかったこと、絶対に許せなかったことを何度も言うのです。つまりは、反論の「練習」です。

 やがて、少しずつ楽になっていくと思います。気持ち的にもそうですが、言いたいことが整理されてくるはずです。

 録音したら、「答え方」を書き出します。「こんな言い方をされたら、こう返す」「この言い方には、こう文句を言う」と、詳しく詳しくリストアップするのです。

 これは、受験勉強の「解法パターン暗記」と似ています。高校時代、数学が得意な友人がやっていたパターンです。彼は僕に「数学は暗記科目だよ」とまで言い放ちました。一回一回、ふうふう言いながら、解法を考えていた僕は、衝撃を受けたのです。

「答え方」の練習を積み、パターンを獲得していけば、とっさの場合にも、使えるようになると思います。

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