当時の女子プロの熱狂を、ノンフィクションライターの井田真木子さんが『プロレス少女伝説』に精緻な分析で記している。当時既に大人だった井田さんは女子プロブームのただ中にいて、その熱気の瞬間瞬間を圧倒的な筆力で鮮やかに残した。そこには、男たちの卑猥なヤジや嘲笑がぼんやりと飛び交うプロレス小屋の空気を一変させた、少女たちの怒りと熱が生々しく描かれている。

 井田さんによれば、クラッシュギャルズ誕生直前まで、プロレス小屋には灰色のスーツを着た男たちがビールを飲み、つまみを食べながら、のんびりと鑑賞するような空気があった。そこにいつからかローティーンの女の子たちが増え始めた。女の子たちの集団はどんどん大きくなっていき、ある日、事件が起きたのだという。「カエレ」コールだ。

 中年男性による野卑なヤジに対し、どこからともなく「カエレ」という声が始まり、それが会場を揺らすほどの大きな「カエレ」コールになっていったのだという。この時の様子を井田さんはこう記している。

「少女たちは、握った右手の親指を下に突き出し、足を踏みならし、中年男性の小島にむかって、カエレ! カエレ! と際限なく叫び始めた。二階席の私の目には、男たちの集団が、カエレ! を浴びせられるたびに、内側に縮んでいくように見えた」(『プロレス少女伝説』文春文庫)

 自分たちの世界を守るための「カエレ」コール。「極悪女王」では、ダンプ松本に「カエレ」コールが浴びせられるが、そもそもその「カエレ」は、女の子たちが自分たちの世界観を全身で守るために中年男性に向けられたものから生まれたものだった。

 女の子たちは自分たちの居場所を必死に守り、育てた。女子プロブームはクラッシュギャルズの解散によって急速にしぼんでいくが、それは現実の入り口に否応なしに立たされる少女時代の終焉とも重なっていたのかもしれない。

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