この政治的な背景にふれると読者は、昨年映画化もされた真保裕一の傑作『おまえの罪を自白しろ』(文春文庫)を思い出すだろう。衆院議員の孫娘が誘拐されるが、犯人側の要求は身代金ではなく記者会見での罪の自白。タイムリミットは二十四時間後。おりしも総理がらみの疑惑を追及されていた矢先で、議員一族と総理官邸と警察組織がぶつかり、軋みをあげていく物語だった。誘拐ものとしては全く斬新だし、家族内の凄まじい葛藤、政治家同士の激しい駆け引き、限られた時間内での警察による懸命な捜査活動など、唸りをあげる展開に手に汗にぎるほど。
『おまえの罪』は二十四時間という時間制限が緊張感をましていたが、本書では三十三年間の長いスパンでの人間関係の変化が逆に、新たな緊張と謎を生み出して惹きつける。『おまえの罪』では罪を告白せよという要求が明確だったが、本書では逆に要求が見えなくて、謎が読者を強く牽引していく。『おまえの罪』では犯人に至る終盤の意外な展開と動機も考えぬかれていたが、本書ではいちだんと大胆な展開と驚きが用意されている。
そして忘れてならないのは、ヒーローの魅力だろう。『おまえの罪』では事業に失敗した冴えない秘書(議員の次男)が危機管理の才能を発揮していく過程がすこぶる面白かったが、本書では、弁護士高山の活躍が光る。優秀な社会派弁護士の義父と妻からは半人前に見られている高山だが、依頼人たちの心情に心動かされ、人生のある選択をする。「人はいつだって、やり直せる。生きている限り。たとえ輝ける明日を手にできずとも、何もせずに後悔するより、戦いに挑んで敗れ去ったほうが、まだあきらめはつく」(196ページ)とは、十三年前のある人物の思いだが、それは高山も同じ。この果敢な高山の挑戦が、予想外の思いがけない真相とあいまって読者を昂奮させるのである。
一言でいうなら『おまえの罪』同様、ネタがぎっしりとつまっているサスペンスとなるが、『おまえの罪』以上に鮮烈なのはテーマだろう。題名の『共犯の畔』の“畔”とは何であるかが、最後の最後に読者に激しく突きつけられるからである。政治と社会の見方を一新させる秀作だ。