『箱男』全国公開中 ⓒ2024 The Box Man Film Partners 配給:ハピネットファントム・スタジオ

 自らの原作をエンターテインメントに仕立ててほしいと石井監督は安部から言われたというが、その通り、上映中、僕は笑いを堪えるのが難しかった。

 第一、箱を被っているだけで目立ってしまっている。姿を消そうとすればするほど匿名性が消えてしまう。箱の中で生活できるよう日用品が揃っている。確かに便利なのだろうが、それだけで箱は重くなる。それでも箱男は1メートル×1メートル弱の四角い箱を被ったままガチャガチャ音を立てながら街を疾走する。そのドタバタは石井監督が好んで見ていたというバスター・キートンやマルクス兄弟のギャグを彷彿とさせた。

 しかし、笑うのはここまでだった。

『箱男』全国公開中 ⓒ2024 The Box Man Film Partners 配給:ハピネットファントム・スタジオ

 冒頭に記したように、映画館を出て地下鉄の車内でスマホを手にした乗客が箱男・箱女の群れに見えて呆然としてしまった。スマホという箱を覗けば覗くほど自らの世界は矮小化され、そこで与えられる情報はAIによってあらかじめ選別化されたものばかり。箱を覗いて得られるのは自由どころか、管理された資本主義的な情報の沼、逃げようがない呪縛そのものではないか。

 均一化され、個性が漂白されたスマホ的現在。そんな世界こそ、安部公房が警鐘を鳴らしていたものなのだろう。そしてスマホ全盛の今こそ、作品の映画化に適した時期なのではないか。

(文・延江 浩)

AERAオンライン限定記事
 

著者プロフィールを見る
延江浩

延江浩

延江浩(のぶえ・ひろし)/1958年、東京都生まれ。慶大卒。TFM「村上RADIO」ゼネラルプロデューサー、作家。小説現代新人賞、アジア太平洋放送連合賞ドキュメンタリー部門グランプリ、日本放送文化大賞グランプリ、ギャラクシー大賞、放送文化基金最優秀賞、毎日芸術賞など受賞。新刊「J」(幻冬舎)が好評発売中

延江浩の記事一覧はこちら
暮らしとモノ班 for promotion
片づかない家が“片づく家”に!ママお助けのリビング、メイク、おもちゃ…を整理するグッズ20選