次々と人情味ゆたかな創作を紡ぎだす作家による6話の短篇小説集。
 表題作は、檻の中で暮らし、妻子と別れ、吼え方も瞋り方も忘れた戦時下のライオンと、彼を見かねて餌をはこぶ若い二等兵の話が交錯する。兵士は、冷徹な准尉からライオンを射殺するよう命じられる。隊随一の射撃の名手が見張り、運命の逆転はないように見えたそのとき、自身の感情を押し殺し、泥をかぶろうとする者の姿が大きくたち上がる。
 煮え切らない若い恋人と結婚したい一心の女性を描いた「帰り道」は、職場のスキー旅行帰りのバスが舞台だ。集団就職で上京した彼女を陰で仲間が応援するのだが、プロポーズの言葉で彼女が送ってきた苦労な人生を示唆されたことに心を閉ざしてしまう。監獄のような下請けの町工場で寡黙に働いてきた身には、他人の苦労には立ち入らない工員仲間の規律と、距離を置きつつも出来る限りの手を差しのべてくれる温かさが有り難かった──。社会の片隅に生きて、ささやかな幸せを見いだす人々の姿に心打たれる。

週刊朝日 2016年4月8日号

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