作家、コラムニスト/ブレイディみかこ
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 英国在住の作家・コラムニスト、ブレイディみかこさんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、生活者の視点から切り込みます。

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 確定申告をしている人はご存じだろうが、所得税には基礎控除がある。いかなる個人も、一定の金額に達するまでの所得分については課税されないのだ。英国では現在、基礎控除額は1万2570ポンド(約240万円)だが、日本では、48万円だという(年間所得2400万円以下の場合)。この数字を知った時は驚いたが、日本には他に様々の所得控除(扶養控除、配偶者控除、医療費控除、障害者控除など)があり、組み合わせれば控除額は増える。だが、独身で扶養家族もなく、医療費も使わないなど、適用する項目がなければもちろん控除額は増えない。

 日本の国税庁のサイトに「所得控除の今日的意義─人的控除のあり方を中心として─」という文章があり、「所得控除は、最低生活費を課税対象から除くことによって、担税力無きところに課税せず、という所得税のあるべき姿を実現するための重要な手段」と書かれていた。「担税力」とは租税を負担する能力のことで、その有無の判断基準としては、「憲法25条の生存権すなわち『健康で文化的な最低限度の生活を営む権利』を保障する水準」が有意だという。

 48万円がその水準だとは考えづらいが、さらに日本の場合には、この「最低生活費」に満たない所得の人からも徴収可能な税がある。消費税だ。

 英国にも付加価値税と呼ばれる税金があり、20%と税率は高いが、生活に不可欠と見なされる食料品や子どもの衣料、書籍などにはまったく課税されない。他方、日本では、例えば当該税務年度での所得が基礎控除額に満たない人が、500円玉を握りしめてコンビニでパンと牛乳を買ったとしても税金を取られる。「担税力無きところに課税せず」の考えに基づく所得控除を、消費税が台無しにしているのだ。これは憲法の生存権の保障に抵触するのではないか。

 日本では、消費税減税を訴えるとなぜか「ポピュリズム」と決めつけられがちだが、これこそ立憲主義と人権の観点から、憲法と照らし合わせて考える必要のある問題だろう。政局の季節、身近な税について考えると政治について見えてくることが多い。税には、国政のあり方が凝縮されているからである。

AERA 2024年9月9日号