『楢山節考』などで知られる深沢七郎が67年から69年にかけて「話の特集」誌上で連載していた人生相談を文庫化。「人間滅亡教」の教主として「ボーッとして生きること」を推奨する深沢の人生相談なんて、おもしろいに決まっているけれど、相談者たちもなかなかキャラが濃い。
 彼らの多くは二十歳前後の若者。「若い人達の悩みが、こんな形式になっていること──だれもが申し合わせたように生活のムードの悩みになっていたことは私には意外だった」と深沢も語るように、ふわふわした悩みばかり登場する。熱中できることがなくて、将来に希望が持てなくて、でも心のどこかで、自分が特別な人間だという証明を欲しがっている。まさに終わらない思春期だ。
 深沢はそういう若者に多少イラつくことはあっても、からかう様子はまったくない。淡々と発せられる回答は、どれもキラーフレーズ揃いだ。「熱中することは麻酔薬の中毒と同じなのです。馬鹿らしいことなのです」「コッケイ以外に人間の美しさはないと思います」「寂しいなどと思うのは食事をするときおかずがマズイと思うのと同じです。腹が減ればオカズなどなんでもいいのです」……読めば読むほど肩の力が抜けてゆく。みんな人間滅亡教に入った方がいい。上昇志向をもって真面目に生きることが辛いひとはとくに。
 作家・山下澄人による解説もたいへん素晴らしい。
「そもそもぼくはこの本の全文を読んでいない。読みたいところだけ読んだ」と、絶妙なグダグダ感を漂わせておきながら、深沢の「情の無さ」を手がかりに、その超然とした態度が、どこか「神様に向かうのと似ている」と喝破してみせる。笑いながら読んでいた人生相談が、にわかに経典じみてくる山下マジックが心地いい。たいていの解説は後から読むものだが、先に読めば、深沢という作家/人間のより深いところに触れられるだろう。

週刊朝日 2016年3月25日号

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