よくいるのが、つきあい始めた彼女に対し、自分がどれだけ本好きで、文学にくわしいかを古本屋で滔々と講釈をぶってる男。
「大江は初期がいいよ、ノーベル賞取ってからダメだね。あ、知ってる?大江の奥さんさ、伊丹十三の妹なんだぜ。あと、岡本かの子なんて読んでおくといいよ。やっぱ初期がいいかな。知ってる?岡本かの子の息子が岡本太郎だよ」
おまえは区役所の戸籍係か!と思わず突っ込みたくなる。どれだけ恥ずかしいことかわかってんのかねえ、古本屋で半可通の知識を並べることが。若気の過ちとは言え、その場をビデオテープに撮り、20年後に見せられた日には、舌かみきって死にたくなるよ、きっと。
しかし、最近聞いた話では、このごろじゃカップルで来ても、本を熱心に見るのは女性の方で、手持ち無沙汰に身をよじりながら「よう、もう帰ろうぜ。飽きたよ」と言うのは男の方らしい。なんと、嘆かわしいことか。
古本屋は孤独になれる空間であるのがいいのだ。本棚に並んだ古い本と自分との対話を楽しむ。それが醍醐味だ。だからなるべく1人で行く方がいい。
ドアを「チッ!」と鳴らして
入店したら店主には軽く会釈を
さあ、いよいよ店に入ろう。
ドアであっても、引き戸であっても、なるべくゆっくり音を立てないように開け閉めしよう。古本屋の店舗は、商店でありながらかぎりなく個人の家に近い。他人の家へ初めて訪問するときと心得は同じ。閉めるときもピシャン!ではなく、10センチ手前くらいから、ゆっくり閉めるようにする。最後、閉まるとき、音がするかしないかぐらいがちょうどいい。
まったく音がしないと、客が来たことに店主が気づかないこともあるから、10センチ手前からゆっくり閉めていって、最後に少しだけ気を入れて、チッ!と音をたてる。
自信のない人は自分の家のドアや戸で練習しておくといい。この「チッ!」が自然に出せるようになれば一人前だ。
奥か入り口脇に帳場があって、店主の顔が見えたら、声は出さなくていいから、さりげなく会釈するのもいい。あんまり馬鹿ていねいにすることはない。頭の先を15度ほど前に(横は変ですよ)、ペコリとやるので十分だろう。