ソンドン洞窟(著者提供)
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 今年(2024年)7月に、新潟・佐渡金山が世界遺産に登録された。世界遺産登録について検討するユネスコ(UNESCO)世界遺産委員会。そこで働く世界遺産条約専門官は、どんな仕事をしているのか。日本人が知らないその仕事の実態を、日本人唯一の世界遺産条約専門官である林菜央氏が、自著『日本人が知らない世界遺産』(朝日新書)で解説する。

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デスクワークだけでは終わらない仕事

 わたしの現在の仕事は、UNESCO(ユネスコ)本部の世界遺産条約局で、地理的には最も広いアジア太平洋デスクの専門担当官として、中央アジア、南アジア、東南アジアの世界遺産の保存修復状況について政策支援を行うことです。

仕事の核となるのは、

・現在登録されている文化・自然遺産をモニタリングし、毎年の世界遺産委員会の決議で保存修復状況に著しい問題があると認められた遺産への査察

・その国の中央政府、遺産管理局、地域の住民の方々との話し合いによる改善策の模索

・査察の後も一緒に資金を見つけたり、技術支援を続けることにより、締約国の専門家を育て、長期的には外からの支援に頼る必要を減らすため、能力の底上げを図ることです。

 当然のことながら、机に向かっているだけでは終わりません。世界遺産現地、あるいはその候補地に、出向くことも多いです。

 その中でも、最近特に印象的だったのは、ベトナムのファンニャ=ケバン国立公園です。ユネスコでの20年以上の仕事の中で、最も印象に残っている場所のひとつです。この世にまだ手付かずの自然があることを感じたい方には絶対的におすすめの場所です。
 

ミッション遂行のため、巨大な洞窟をひたすら歩く

 2018年、世界遺産であるベトナムの「ファンニャ=ケバン国立公園」の公園管理当局が、国立公園最深部にある世界最大級の2つの洞窟に、ケーブルカーを作るという情報が入ってきました。観光客がアクセスしやすくするためです。

 これに対して世界遺産委員会が警告を発し、事務局とIUCN(International Union for Conservation of Nature and Natural Resources 自然及び天然資源の保全に関する国際同盟、通称「国際自然保護連合」)の合同査察ミッションが命じられました。

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