そのとたん、男児は顔を上げて、キッとこちらを睨みつけた。

 そして大声で、こう叫んだのである。

「お前だ!」
 

🔳解説

 子殺しの親が告発されるタイプの怪談である。

 この類型が実は近現代的なストーリーテリングだ。コインロッカーベイビー怪談が流行りだしたのはおそらく1980年代だろう。

 さらに1990年代、渋谷と女子高生という若者文化が注目されるなか、フォーマットが定着していった。

 生まれてすぐの新生児を駅・道端のロッカーに遺棄してしまうコインロッカーベイビー事件は1970年代に多発し(1年に40件を超す時もあった)、大きな社会問題として扱われた。その後は推移を減らしたものの、80年代から現在までほぼ毎年、単発的な発生が続いている。

 ただしコインロッカーベイビー事件については、報道の過熱という面も大きかった。実はセンセーショナルに社会問題化した70年代でさえ、児童遺棄案件の全体数に比べてコインロッカー遺棄の割合が増えていたわけではなかったのだ。当時のマスコミや評論家による「現代の母親は母性を喪失している」との言説=母性喪失神話にとって好都合だったから大きく取り上げられやすかっただけだ。

 これは同時期に発生した「水子供養」への強要圧力とも足並みを揃えているだろう。堕胎した胎児はきちんと弔わなければ祟りをなす(だから寺社に金を払って供養しなくてはいけない)といった考え方は、けっして日本の伝統的宗教観ではない。1970年代、一部の宗教組織が提唱した新しい考え方だ。

 ではなぜ、コインロッカーベイビー事件は実態以上に社会問題として大きく紛糾したのだろうか?

 それを怪談的視点から解き明かすなら、嬰児を殺して箱の中に入れるという行為が、人々の心を過剰に刺激したから……といった理由を求めることができる。このすこぶる怪談的・呪術的な事象について、当時の日本人がビビッドに反応してしまったのだ。

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込められた意味は糾弾ばかりでもない