<非情になれなかった男>で描かれる現在J3ギラヴァンツ北九州監督の田坂には日本代表歴がある。しかし知名度で一頭地を抜くのはアジアの大砲といわれた高木琢也、55歳だろう。現役時代に国際Aマッチ44試合出場で27ゴールを挙げたその高木でさえ、3度の解任を経験。本書最終章<大砲から大樹へ>の項を読むと、「監督として率いた6チーム目にあたるSC相模原での任を5月に解かれ、ひさしぶりのブランク」という箇所に出くわす。
失敗体験を聞く著者の方針には練度と思い切りが要る。女性ライターであることが有利に働いているとも思えない。書きづらかっただろうなという項は、<寡黙は金>の吉田謙ブラウブリッツ秋田監督(53)だ。インタビュアー泣かせとの禅問答めいたやりとりがいい。吉田の言葉は一風変わった独自表現ながらも、たしかに愛する地元クラブを持つ人々の胸を打つ。
波乱と苦悩の連続でありながらも成長を諦めない姿勢は9人全員に共通する。だが多くのサッカーファンは依然として欧州一極集中的だ。独ブンデスリーガ史上最年少監督だったバイエルン・ミュンヘンのユリアン・ナーゲルスマン(35)の電撃解任は話題に上るが、二人の吉田を知る県外人はごくわずかしかいない。
九つの短編ノンフィクションから成る本書に吉田達磨は出てこない。J1での優勝歴がある10人の日本人監督も登場しない。監督たちの私生活や顔写真も意図的に外し、媚びない本作りに徹している。ひたすらひぐらしひなつの視線は矩形の荒野にだけ向かう。その手法は読者への不親切になりかねないが、同時にうすっぺらなブランド志向を撃つものでもある。Jリーグ30年の果実が少し意外なところにあった。
※週刊朝日 2023年4月14日号