そのうえ、奥のほうには、すでに大幅に賞味期限が切れているものもあり、どうしたものかと不安になった山本さん。2週間に1度くらいの頻度で実家に顔を出すよう頑張り、電話の回数も増やすように努力をしていました。

 そんな中で、決定的だったのが、刺身事件だったといいます。

 冷蔵庫の中で見た刺身の盛り合わせが、2週間ものあいだまったく手をつけられずにそのまま入っていたにもかかわらず、さらにまた新しい盛り合わせパックを購入して冷蔵庫に入れていたとのことでした。

 見た目にもすでに傷みが進んでいた刺身を見て、山本さんは思わず、お母さんを責めてしまったそうです。

「なんで食い終わっとらんとに、同じもんば買うてくると?」

「ムダにして、もったいなか!」
 

決して消えない幸せな記憶

 そのときお母さんは、うつむいたまま、 「あんたが来ると思って、買うたったい」と小さな声で答えたといいます。

 それを聞いた私は、山本さんに「もしかして、練りものや刺身は、山本さんの子どもの頃からの好物だったのではありませんか?」と尋ねました。

 すると山本さんはハッとして、「たしかに、子どもんときから、練りもんとか刺身とか食いよったです……」と答えたのです。そして刺身の盛り合わせは、お客さんが来たときや、毎年家族でお正月に食べるのが恒例だったと教えてくれました。それから、冒頭に書いたように、山本さんは泣き崩れたのでした。

 お母さんは、自分が食べるために練りものや刺身を買ったのではありません。お母さんは、自分が買ったことは忘れても、幼い山本さんが、かまぼこやちくわやつみれといった練りものをおいしそうに食べていたことや、お正月にみんなで刺身の盛り合わせを食べた、家族の幸せな時間は覚えていたのです。

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責める前に、落ち着いて考えてみる