82歳で海洋レーダーの事業を立ち上げた松本徹三さん(撮影/朝日新聞出版写真部・上田泰世)

 クルアコムでは思う存分やらせてもらいました。携帯電話の通信方式を巡って、NTTドコモや国と正面切って戦い、国賊よばわりされそうになったこともあります。

 そんな私に目をつけたのが、ソフトバンクの孫正義さんです。孫さんはNTTに対抗するモバイル通信の事業をめざしていました。

 その心意気に私も共感し、CSO(戦略最高責任者)という立場でボーダフォン(現ソフトバンクモバイル)に転職しました。66歳の時です。

 世間では私が金に目がくらんで孫さんのところに行ったのだろうと陰口をたたく人もいたようですが、とんでもない。当時のソフトバンクでの報酬はクアルコムより全然低いものでしたから。

 既にいい年だった私は、その時点では、単純に孫さんの突拍子もない夢を応援したかっただけです。

 ソフトバンクには6年いましたが、73歳で辞めた後も、エネルギーはまだ有り余っていましたから、自由に海外を飛び回って、コンサルタントのような仕事をしながら、通信の新しい形を色々と模索していました。

82歳で未知の領域で起業

 コロナになってさすがに海外にも行けなくなり、このへんで引退してもいいかと思っていた矢先のこと。あるセミナーで、ある人から相談を受けました。

 元自衛隊の技官だったその人が言うには、日本中の海岸に海洋レーダーを設置すれば、潮流や波浪の様子を常時観察することができ、そこで得られるデータは様々な分野で大いに役立つとのことでした。気候変動が迫っている現在は、それが特に重要だとも。

 沿岸警備、海洋の環境保全、津波対策、漁業近代化、航行の効率化、その効用は枚挙につきず、これで命を救われる人も数多くいるはずなのに、現状では一向に普及していない。これは何故なのか、どうすれば良いのかと、この人は悩んでいたのです。

 そこで私は思いました。一つの施設を多目的に使えるというこの技術の最大の利点が、皮肉にも、この技術の普及を阻害している最大の理由になっている。

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この世の不条理と自分にしかできない仕事