高原敦さんが大学院の制作課題として挑もうとしている長編小説の参考文献の一部(写真:高原敦さん提供)
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 変化の激しい時代。さらなるキャリアアップを、と考える社会人は多く、大学・大学院の社会人向けプログラムも多様化、完全オンラインで学べる大学院も誕生している。AERA 2024年7月8日号から。

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「どこかで勝負をかけたいという思いをぬぐいきれませんでした」

こう心情を吐露するのは、NHK出版に勤務する高原敦さん(54)だ。今春から京都芸術大学通信制大学院の「文芸」領域で学んでいる。目標はずばり、歴史小説作品を世に送り出すことだという。

編集者歴が30年近いベテラン。昨年編集を手掛けた『ラジオと戦争』は毎日出版文化賞を受賞。昨年は東映人気特撮作品をSF考証したシリーズ『すごい科学で守ります!』を合本・復刻した『グレート合体愛蔵版 すごい科学で守ります!』もリリース。これまでの仕事が評価され、充実感が得られている今だからこそ、新たなチャレンジに踏み出せると考えたという。

だとしても、円熟期にあるプロの編集者がなぜ、書き手を目指すのか。きっかけは、10年前にステージ4のがんと診断されたことにさかのぼる。休職して3年間、治療に専念した。医師に高くない5年生存率を告げられ、治療の過程で2度「死」も頭をよぎった。重い現実をはね返すように、ひたすら読書にふけった。中でも、没頭したのはもともと好きだった歴史本。特に論文集だ。歴史に埋もれた謎を掘り起こし、単純な勝者と敗者だけでなく、その間でうずもれた存在に光を当てられるような作品を書けないだろうか――。歴史小説のアイデアが次々浮かんだ。

それでも、自分が「書き手」に回ることには抵抗があった。

「ゼロからものを生み出すクリエイターたちをそばで見てきて、リスペクトがあるからこそ、その人たちをサポートして力を引き出すのが僕の仕事だと思ってきました。その思いは今も基本的に変わりません」

ただ、自分の着想を何とか形にしたい、という欲求は捨てきれなかった。休職中、小説を2本書いて新人賞に応募したが、いずれも入選に至らず。「いま読み返してもちょっとバタバタしすぎ。着想だけは面白いかな」という自己評価だ。なぜ、仕事の時の切迫さや集中度で取り組めないのか。思い悩んでいた時に、「完全オンライン制」をうたう京都芸術大学の通信制大学院を知った。これなら、仕事と両立できるかもしれない、と考えた。

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渡辺豪

渡辺豪

ニュース週刊誌『AERA』記者。毎日新聞、沖縄タイムス記者を経てフリー。著書に『「アメとムチ」の構図~普天間移設の内幕~』(第14回平和・協同ジャーナリスト基金奨励賞)、『波よ鎮まれ~尖閣への視座~』(第13回石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞)など。毎日新聞で「沖縄論壇時評」を連載中(2017年~)。沖縄論考サイトOKIRON/オキロンのコア・エディター。沖縄以外のことも幅広く取材・執筆します。

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