著者は時代劇研究家だが、おじいさんじゃない(1977年生まれ)。芸術学の博士号まで取得しているのに、大学等に所属せずフリーで活動している。若くて才能があって無頼派。彼自身が時代劇に出てくるスゴ腕の浪人みたいだ。
 本書は、彼が「個人としては『乗り切れない監督』、研究家としては『つかみ切れない監督』」と感じていた市川崑に真正面から挑んだ評論である。まずは市川の監督人生を追い、つぎに代表作『犬神家の一族』の面白さをひもとき、最後に市川作品の常連アクター・石坂浩二との対談で締めくくっている。網羅的な情報あり、狭く深くの分析あり。端的に言って映画オタク/非映画オタク双方が楽しめる本だ。
 市川がアニメーター出身で、絵コンテをきっちり描いていたことが図版入りで紹介されたり、日本的な「情」を排して、クール&スタイリッシュな作品を作ろうと腐心したことが綴られるなど、市川ワールドのなんたるかが書かれる中で、とくに印象的なのは妻である「和田夏十」との関係。ふたりは監督と脚本家として最高のコンビだった。「私はおおよそなんでも映画になるんじゃないかと思っています」と言い切り、弱腰になる夫を全力で後押しした夏十……かっこよすぎる! 彼らの関係が作中にしばしば登場する「ナヨナヨした男とバイタリティあふれる女」に通ずるという指摘には、深く首肯させられ、改めて映画を見直したくなった。
 吉永小百合を「監督クラッシャー」と呼んだり(彼女と組むと「ほとんどの監督が駄作を連発するようになり、評判を落としていく」)、『細雪』以降の市川を「大迷走時代」と位置づけるなど、辛口な部分もあるが、不思議と感情的に見えないのは、やはり彼が研究畑からやってきた人で、好悪を超えた客観性を持っているからだと思う。そういうスタンスで書ける彼もまた、クール&スタイリッシュ。実はけっこう市川と似ているのかも知れない。

週刊朝日 2016年1月15日号