「戦争ってこういうことだよ、という事実は発しないといけない」と語る筑摩書房の藤岡泰介さん。『鉄の暴風』文庫本は6月10日発刊(撮影/編集部・渡辺 豪)
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 「会いたい人に会いに行く」は、その名の通り、AERA編集部員が「会いたい人に会いに行く」企画。今週は沖縄戦のロングセラーを文庫本化した編集者に、元沖縄紙記者が会いに行きました。

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 ただでさえ、いまここで生きるのに大変なのに、見なければ忘れていられる遠い過去を、しかも知れば知るほど重荷を背負うことになる事実を、わざわざ余分に抱えたくはない。そう思うのが普通だろう。だから、沖縄の地元紙が刊行した『沖縄戦記 鉄の暴風』(以下、『鉄の暴風』)を、東京の出版社が文庫本化すると聞いて驚いた。手がけた編集者はどんな人なのか。ぜひ会ってみたくなった。

 沖縄戦の関連本は数多く出版されてきた。今も毎年、関連書籍が発刊されている。だが、『鉄の暴風』は別格だ。沖縄タイムス社が戦後まもない時期に初めて住民の目線で記録した戦記として1950年に出版(初版は朝日新聞社刊)し、以来10版3刷を重ねてきたロングセラー。この文庫本が筑摩書房の「ちくま学芸文庫」から6月に出版された。編集を担当した筑摩書房製作部次長の藤岡泰介さん(50)には、ウクライナやガザでの紛争が連日伝えられる今だからこそ、との思いがあるという。

「住民が戦争に巻き込まれると、どんなことが起きるのか。今だからこそ、多くの人に知ってもらいたいと思いました」

 同書を初めて手に取った時の印象を尋ねると、「読んだらもう地獄ですよね……」と答えたあと、藤岡さんはひとつ、大きなため息をついた。

 暴風のように降り注ぐ銃砲弾。逃げ場のない島が戦場になると、どんな悲劇が起きるのか。「スパイ」として味方の兵士に虐殺されたり、泣き叫ぶ幼児を池に投げ捨てるよう命じられたり。汗や排せつ物のにおいまでリアルに立ちのぼる。同書は極限状態の人間の生態を、内面も含めて克明に描写している。

 藤岡さんと沖縄の出会いは学生時代。日本思想史を学ぶゼミの校外実習で訪れたのが沖縄だった。日本文化の「意識の基層」と位置づけられる沖縄の民俗・宗教は必須の学びの対象だった。卒論のテーマは「民藝」で知られる柳宗悦。隅から隅まで熟読した『柳宗悦全集』を発刊している筑摩書房は意中の就職先だったが、新卒採用はしていなかった。経済専門誌の記者をしながら入社の機会をうかがい、念願がかなったのは27歳のとき。入社後は民藝の大家の展覧会図録を手掛けたことも。主に担当したのは、1992年に配本をスタートした「ちくま学芸文庫」の編集だ。

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渡辺豪

渡辺豪

ニュース週刊誌『AERA』記者。毎日新聞、沖縄タイムス記者を経てフリー。著書に『「アメとムチ」の構図~普天間移設の内幕~』(第14回平和・協同ジャーナリスト基金奨励賞)、『波よ鎮まれ~尖閣への視座~』(第13回石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞)など。毎日新聞で「沖縄論壇時評」を連載中(2017年~)。沖縄論考サイトOKIRON/オキロンのコア・エディター。沖縄以外のことも幅広く取材・執筆します。

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