
アメリカ人は中絶論争で二極化
アメリカでは日本ではあり得ない争点で、政治論争が起きることがある。銃規制はその一つだし、中絶論争もまた然りだ。アメリカでは中絶をめぐり、これまでも大きな論争が起きてきた。
『銃・病原菌・鉄』の著書で1998年にピューリッツァー賞を受賞したジャレド・ダイアモンド教授はこう語る。
「中絶論争は、アメリカ人が二極化する問題の一つです。多くの人が非常に強硬な意見を持ち、だからこそ注目を浴びている。アメリカ人の51%ほどが女性で、その多くは2022年6月の最高裁判決に憤慨しています」
トランプが保守派判事を選んだ
2022年6月の判決とは、保守派が多数派を占める米連邦最高裁が、妊娠15週以降の人工妊娠中絶を禁じたミシシッピ州法を合憲としたことだ。
「9人の判事のうち5人は男性で妊娠することがないため、こんな信じられない判断を出した。最高裁で保守派の判事が多数派となったことが大きいと思います。トランプによって3人の保守派判事が選ばれてからは、こうした事態が起こることは時間の問題でした」
トランプは就任直後、保守派のニール・ゴーサッチを最高裁判事に選び、さらに2018年10月に保守派のブレット・キャバノーが新しい最高裁判事に就任した。2020年9月、人工妊娠中絶に反対するなど社会的保守派が歓迎するエイミー・コーニー・バレットを、がんで亡くなったリベラル派のルース・ベイダー・ギンズバーグ最高裁判事の後任として指名している。
「中絶の権利」覆した2022年の判決
それでも、中絶を受ける権利は憲法で保障されるという1973年のロー対ウェイド判決が覆ることはない、と私は高を括っていた。
だが、ダイアモンド教授が言ったように、トランプによって3人の保守派判事が選ばれ、最高裁で保守派の判事が多数派になった。トランプは2016年大統領選で、同判決を覆す判事の任命を公約に掲げていたが、それをみごとに実行したことになる。
中絶賛成派(pro-choice)は中絶を女性の権利としてとらえ、民主党はこの立場をとる。
中絶反対派(pro-life)は、胎児の権利として中絶に反対し、共和党は基本的にこの立場をとる。これは「生命はいつ始まるか」という問いに対する考え方の相違だ。
2019 年から1年間の間に、ジョージア、アイオワ、アラバマなどいくつかの州で知事が「胎児の心拍が検知できるようになった」時点で、中絶を禁止するという州法に立て続けに署名した。
また、トランプ政権下で中絶を非合法化しようとする州が続出した。特にバイブルベルト(Bible belt)で顕著だった。バイブルベルトとは中西部から南東部にかけて複数の州にまたがって広がる地域で、プロテスタント、キリスト教原理主義、南部バプテスト連盟、福音派などが熱心に信仰されている地域のことだ。