英国在住の作家・コラムニスト、ブレイディみかこさんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、生活者の視点から切り込みます。
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配偶者がロンドンの病院で受けることになっていた手術が、前日に中止になった。NHS(国民保健サービス)の請負業者がサイバー攻撃を受けたからだ。ニュースで第1報が伝えられた時、「もしかして……」と言っていたのだが、やはり数時間後に電話がかかってきた。新たな手術日は追って連絡するそうだが、すぐには無理だろう。そもそも半年も待たされた手術だったのに、また延期だ。手術室に入っていく直前に中止になった心臓病の患者もいたと聞く。
今回の攻撃はランサムウェア(身代金ウイルス)によるもので、NHSに検査サービスを提供している企業が狙われ、ロンドンの主要な病院での検査や手術に影響が出た。英ナショナル・サイバー・セキュリティー・センターの元責任者がBBCに語ったところによれば、攻撃を行ったのはロシアのハッカー集団だという。身代金ウイルス攻撃には2種類あり、一つ目はデータを盗んで組織を恐喝するものだ。二つ目はシステムを機能不全にする攻撃であり、今回はこちらだ。
米国の医療機関は頻繁に攻撃にあっているという。英国で同様の攻撃が少ないのは、医療の多くが国営で、国は身代金を払わないからと言われてきた。が、NHSにしても現在は様々な部門がアウトソーシングされている。請負業者を攻撃すれば国の医療機関が麻痺するとわかれば、今後は増えるのではないか。医療だけじゃない。水道、鉄道など、国が民営化してきたインフラを運営する企業の全てが攻撃のターゲットになり得る。もちろん、ロシア政府が攻撃を行っているわけではないが、こうした犯罪集団を厳しく取り締まらず、その活動を可能にしてきたのはロシア政府だ。
今年の初めにYouGovが英国で行った調査で、今後5年から10年以内に次の世界大戦が起こると思うかという質問に、「強くそう思う」と「ややそう思う」と答えた人は合計すると53%だった。英国の敵国として第3次世界大戦に加わっているだろうと思う国では、ロシアが最多の80%を集めた。調査結果を見た時は驚いたが、日常生活の中でも人々が脅威を感じる出来事が増えているのは事実だ。
※AERA 2024年6月24日号