札幌音蔵(撮影/小熊一実)
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札幌音蔵(撮影/小熊一実)
アルテックのスピーカー(撮影/小熊一実)
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アルテックのスピーカー(撮影/小熊一実)
クリケット・レコード(撮影/小熊一実)
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クリケット・レコード(撮影/小熊一実)
円山公園の道案内(撮影/小熊一実)
円山公園の道案内(撮影/小熊一実)
北海道立文学館の谷崎潤一郎展(撮影/小熊一実)
北海道立文学館の谷崎潤一郎展(撮影/小熊一実)

 前回、札幌日記 その1を発表したところ、北海道まで行って、遊びすぎだ!とのご指摘を受けた。親しい友人からの1件だけだけど。
 実は、中学校の頃から、音楽と本が大好きで、今になってもそれは変わらず、行くところといえば、本屋とレコード店に決まっているくらいだ。それも、基本的に古本屋と中古レコード店だ。そして大人になってからは、おなかがへってくれば居酒屋に入って、飲みながら、その日見つけた本やレコードをチェックする、というのが、わたしの主な時間の過ごし方なのだ。これは、高校を卒業して、東京に出て来て大学生になってからも、仕事をはじめてからも変わらない。学生時代にアルバイトをするようになったが、お給料が入ると、やっぱり古本屋と中古レコード店まわりに時を費やした。もちろん、海外に行っても同じだ。
 だから、この札幌での日々を、遊びすぎ!と言われたら、わたしの人生そのものが、遊びすぎ!になってしまう。う~ん、やっぱり、遊びすぎかなあ? でもわたしの場合、遊びを仕事にしているのだから、これでいいのだ。それに、今さら変わるとも思えない。そんな日々の報告の続きです。

11月X日 今日は、札幌のオーディオショップに行ってみることにした。
 お店の名前は「音蔵」、「おんぞう」と読む。お店のキャッチ・コピーは、「音のためにではなく、音楽のために」。オーディオ・ファンは、つい音そのもののよさを追求してしまうものだが、このお店は、音楽を聴くためにオーディオはあるのだと教えてくれる。

 札幌の地下鉄東西線に乗って、最寄り駅の南郷7丁目駅で下りて地上に出ると、「古書・レコード 文教堂書店」という看板を見つける。前情報はなかったのだが、もちろん入ってみることにする。そして、その店頭で、谷崎潤一郎と松子夫人の並んでいる写真を見つけた。谷崎潤一郎、没後50年ということで、中島公園にある北海道立文学館で「文豪 谷崎潤一郎 ― 愛と美を求めて」展が開催されているという告知ポスターだ。

 わたしは、ませていたのか実際には奥手だったのか、自分でもよく分からないのだが、中学生時代から谷崎潤一郎は読んでいた。デビュー作の「刺青」などから読み始めたのだが、高校生の時にすでに「鍵」を読んでいた。当時はまだ単行本が販売されていた。版画家の棟方志功の装丁で、和紙のケースで、挿絵もたくさん入っていた。その装丁にひかれて購入したのだと思う。「鍵」は、1956年に発表され、芸術かワイセツか、などと話題になった作品で、老人の性を描いている。そのころのわたしは、まだ、性そのものさえよくわかっていない高校生であったが、カタカナで書かれた日記体のその作品を、一生懸命、妄想を膨らませながら読んだことを覚えている。

 クラスメイトのK島君が、どうしても「鍵」を貸してほしいというので貸してあげたところ、母親に見つかってひどく叱られたと、逆恨みされたことがあった。困ったものだ。
 その後も、わたしの谷崎熱は燃え上がる一方で、中央公論社から出版されていた『谷崎潤一郎全集』28巻のうち、谷崎訳の「源氏物語」を除く24巻を、毎月購入していったほどだ。ちなみに、谷崎訳の「源氏物語」は、全集とは別の豪華装丁版で購入した。それらは、今でも愛蔵している。
 この展覧会は、明日行こうと心に決める。

 駅から歩いて数分の所に「音蔵」はあった。お店の中には、大型のアルテックのスピーカーをはじめ、ビンテージとよばれる往年の名器が数多く並べられていた。
 お店に入って眺めていると「どこから来たのですか?」とたずねられた。
 東京から来たというと、どんな製品を使っているのか、どんな音楽を聴いているのかなどと質問された。わたしは、事務所と自宅とでそれぞれ2系統のオーディオ、計4系統を使っているので、どれの話をしようか迷ったのだが、スピーカーが話題になっていたので、自宅の大型の38cm低音用スピーカーがついているJBL4344MK2を使っていると話すと、「聴く音楽は、アコースティックですか? エレクトリックですか?」とたずねられる。
「ありゃりゃ、そう言われても、両方聴きますよ~」というと、「JBL4344MK2は、エレクトリックを聴くのにはよいのだが、アコースティックなジャズを聴くには不向きなのですよ」と説明を受ける。理由を説明されるが、ここに書くのもなんだし、自分でもすべて理解できたわけではないので、触れない。そして、「アコースティックなジャズを聴くなら、これですね」とお店にドカンと置かれた超大型のスピーカーを指さす。「アルテックですね、A7ですか?」と聞くと、「いや、A5がオススメです。」と言われる。その瞬間、わたしは、その超大型スピーカーA5がほしくなってしまった。だからオーディオ・ショップに行くのはいやなのだ。欲望との戦いで、疲労困憊してしまう。

 これ以上、迷いを大きくしないために帰ろうとすると、隣でレコードも販売しているという。「クリケット・レコード」だ。ここのウリは、録音されて最初に発売されたクラシック・レコードのオリジナル盤。クラシックのオリジナルは奥が深すぎて怖いので、あまり深追いしないようにしているのだが、ハイフェッツのロシアのメロディア盤やジャズのジョージ・シアリングやMJQのオリジナルもあったので購入する。また、宇多田ヒカルのお母さんである藤圭子のシングル盤や、マリア・カラスのプッチーニの『蝶々夫人』の《マダム・バタフライ》のシングル盤などを購入する。

 その後、すすきのに向かい、前日発見したジャズ喫茶「ジャマイカ」に行く。
 中に入ると、壁一面LPレコードが並んでいる。その下に、超大型のスピーカーJBLのパラゴンが置かれている。パラゴンは、幅が2m60cmを越え、高さも90cmという巨大なスピーカーだ。このビルの中に、どうやって運び込んだのかが気になる。以前、地下鉄の中にどうやって電車を入れたのか、気になって眠れないという話をしていた夫婦漫才の春日三球・照代がいたが、まさに、あの三球さん状態の気持ちで、わたしはジャズを聴いていた。

 そろそろ、居酒屋「あんぽん」が開店する時間になったので向かう。わたしは開店して最初の客だった。入ったとたん、「太田さん?」と聞かれる。なぜだか分からないが、わたしはすぐに理解した。なぜなら、このお店は居酒屋紹介の第一人者、太田和彦のサイトで調べて行ったからだ。つまり、女将は「太田和彦さんの情報で来たのか?」とわたしにたずねたのだ。わたしが、「そう、太田さん」というと、「太田さん、多いのよね」と女将がいう。これで通じるのも、おもしろい話だ。それからは、女将が東京にいた話などを聞きながら、飲んでいる間の相手をしてもらった。ちょうどできあがった頃に、次のお客さんたちが来たので、おいとますることにした。

 次の日は、朝は円山公園を散歩し、午後は、中島公園の北海道立文学館に「文豪 谷崎潤一郎 ― 愛と美を求めて」展を見に行ったのだが、このミュージック・ストリートは音楽がテーマなので、詳細は割愛する。

 いつもと違う場所で、音楽やアート、酒と美味しいものにふれあうのは、楽しいものだ。今回は、番外編として、そんな日々を書かせていただいた。 [次回1/13(水)更新予定]