母は「じじばばが好き」とよく言う。急な大雨の中、スーパーからやむを得ず歩いて帰ろうとしていた80歳の女性に話し掛け、車で家まで送り届けたらしい。「恋が始まるやつだ」、と思った。

煙草をよく買いに行く近所のコンビニは、レジに並ぶだけで何も言わずにマイルドセブンが1箱差し出される。そのレジのお姉さんからは、バレンタインにハートの缶に入ったチョコをもらったそうだ。

誰に対しても明るくて、誰よりも頼りがいがある母の背中は、とてつもなく大きくてまぶしい。母がすでに2人の兄の子育てをしていた年齢である28歳で、私は父より少しだけ稼いでいる人と結婚した。私と母の電話をスピーカー状態で聞いていた夫から、「笑い方が同じ」と言われた。嬉しくはない。でも、嫌な気持ちはしなかった。
 

◎          ◎ 

スーツケースから救出した服たちは、ハンガーに掛けてしばらく部屋に干しておく。するとタバコの匂いは消え、大好きな柔軟剤の甘い香りへと変わる。

この香りを自宅でも再現したくて、実家と同じ銘柄の、ピンク色の花の香りがする柔軟剤を買った。でも母が洗った方がふんわり香るし肌触りもいい。やっぱり、母には敵わない。
 

「AERA dot.」鎌田倫子編集長から

 獅子まいこさんのモテモテのお母さん。快活で、誰にでも親しみを持って接する様子が目に浮かぶようです。

 親の年齢を気にする年頃ってありますよね。そこから、親という存在を一人の人間として見つめられるようになって、ポジティブな印象の自分の中に占める割合が大きくなっていく。

 獅子まいこさんの母親への感情の変化は、洋服についたタバコの香りが消えて、柔軟剤の香りになるという最後の一節そのものですね。うまいなあ。
 

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