「1人だ」と寅子はずっと思っていた。これは時代を超えた「働く女性あるある」だと思う。自分にも思い当たる節がある。職場での「悪手」だったと悟ったのはだいぶ後だ。そこを「1人じゃない」と言ってくれたよね。立場の違いを気にすることはなかっただろうか。いや、よねは正々堂々の人。友人を思う気持ち、自分への信頼を背に、思いをまっすぐ口にしたのだろう。
だが、寅子がよねの言葉を咀嚼する前に、2人の関係は暗転する。事務所に戻ると穂高がいて、寅子の妊娠をみなに知らせていた。初めて知るよねは顔を硬直させる。所長らから休養を激しくすすめられた寅子は、力なく「そうですか、ありがとうございます」と返す。寅子に代わってのナレーション。「先頭に立ってすべてを抱えなくてもいいのか。寅子は去っていくよねを見ることができませんでした」
「虎に翼」は余白が多い。ナレーションが補ってくれるが、それにしても心情の解説が少なめなのだ。昼食での「1人じゃない」を寅子はどうとらえたのか。わからないまま寅子がカフェを訪ねる場面になった。「無責任だと言いたいんでしょ」と寅子。「自分1人が背負ってやってるって顔して、ちょっと男どもに優しくされたらホッとした顔しやがって」とよね。それならどうすればよかったのかと聞く寅子には、「知るか」。そして、「女の弁護士は必ずまた生まれる。だからこの道には二度と戻ってくるな」と言う。「言われなくてもそのつもりよ」と寅子。よねが映る。泣いていた。
寅子の心が折れる過程は、すごく納得ができた。でも、この日の会話の真意ははっきりしない。寅子はこの日を境に弁護士をやめ、出産。夫が出征、戦病死がわかったのは戦後だった。それから寅子が新しい道を歩き出したことは先述した通りだ。
よねは死んでない。寅子とよねの最後の会話の真意を、「虎に翼」ならきっと明かしてくれると思うから。そのためによねは生きていなくてはならない。新憲法下なら「トンチキな格好」でも合格できる。よねは生きて、弁護士になる。信じているのは、私だけではないはずだ。
(コラムニスト 矢部万紀子)