韓国人作家・李承雨による短編集。
 表題作の「香港パク」には、正体のつかめない不思議な男が一人登場する。彼の名はパク・ホンダル。口癖のように「香港から船さえ入港すれば」一儲けできると法螺を吹き、会社の同僚からは香港パクと呼ばれることとなる。同僚たちは暇さえできれば「気の狂った」彼を話題に出しあざ笑っていたが、「私」にはわかっていた。実は皆も今のつらい現実から逃がしてくれる香港からの船を待っているということを。
 他にも、4千年前に建てられた迷宮をめぐって四つの推測が示される「迷宮についての推測」、部族の人々が「近いうちに陽が昇らなくなるだろう」という出所の知れぬデマに惑わされ、狂気に走る様子が描かれる「太陽はどのように昇るのだろうか」など、本書には事実を欠いた嘘、噂といった作り話がたくさん登場する。
 著者はこのような一見無視されがちな想像力の産物に目を当てる。虚構には現実を救う力も、狂わせる力もある。虚構に潜む神秘な魅力に迫った8編が収録されている。

週刊朝日 2015年12月4日号