家計の負担が重くなる一方なのは私も実感していた。自宅から徒歩5分の所にスーパー「デイ・マート」がある。日常で必要なものは何でもそろう便利な店だ。ナンと呼ばれる平たいパンを私は朝食用に買っていた。しかし、これも現地で生活している間に3倍に値上がりした。また、鶏肉や牛肉、卵、牛乳やバター、ヨーグルト、チーズといった食卓に欠かせないものも例外なく値段が上がった。
果汁100%のジュースやコーヒー豆、ピスタチオ、ドライフルーツといった品はもはや「贅沢品」になり、買い控えるようになっていった。
奪われる生活の楽しみ
地元の人たちの物価の高騰に対する怒りや不満が相当に高まってきていると感じたのは、貧困層が多く暮らすテヘラン南部の住宅街を訪れた時だ。細長い道路が伸びる路地裏の一角にある工房から、焼きたてのパンの香りが漂ってきた。ラバーシュと呼ばれる薄い生地のパンで、イランでは食卓やホテルの朝食によく出る。
しかし、こうした日常の食べ物も例外なく値段が上がっている。原料である小麦そのものの価格が急騰しているのだ。ロシアがウクライナに侵略をはじめたあとに小麦の供給量が世界的に減ったことも影響しているとみられる。イラン政府はこれまで、小麦の輸入業者やパン製造業者に補助金を割り当てていたが、2022年4月下旬にいきなり打ち切ると発表した。
政府は理由について、補助金によって割安になった小麦が密輸出され、不当な利益を得ている業者がいるためだと説明したが、実際は制裁の影響による財政難が原因だと多くの国民は見抜いていた。補助金が削られると、パンやパスタの店頭価格は一気に3倍へ跳ね上がった。
パン工房から歩道に出てきた主婦サウアズ・ヘイリ(28)は、8歳の長男と5歳の長女を連れていた。
「節約してどうにかやりくりしています。状況がこれ以上悪くなれば、生活は必ず行き詰まります。子どもたちの将来が心配です」