感想戦で第1局を振り返る藤井聡太名人(左)と挑戦者の豊島将之九段=2024年4月11日、東京都文京区「ホテル椿山荘東京」
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 注目対局や将棋界の動向について紹介する「今週の一局 ニュースな将棋」が今週号からスタート。専門的な視点から解説します。AERA2024年4月29日-5月6日合併号より。

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 八冠を独占する絶対王者・藤井聡太名人(21歳)。熾烈なA級順位戦を勝ち抜き、指し盛りのときを迎えている豊島将之九段(33歳)。充実の両者が将棋界の最高峰を争う第82期名人戦七番勝負の第1局は4月10・11日、東京都文京区でおこなわれ、期待にたがわぬ名局となった。

 振り駒で先手を得たのは藤井だった。昨年度の藤井は、ほぼトップクラスの棋士とばかり当たりながらも、歴代2位の高勝率をマーク。先手番で敗れたのは、八冠チャレンジの舞台となった王座戦五番勝負の第1局だけだった。

 無敵ともいえる先手番の藤井に対して、豊島は定跡形をはずれた力戦に持ち込む。そして迎えた最終盤。「こちらがどう粘るかという展開だった」と藤井がコメントしたように、優位に立っていたのは豊島だった。

 121手目、藤井は中段に玉を逃げる。ここで豊島の側には藤井陣の金をタダで取る手があった。将棋は例外の多いゲームだ。藤井や豊島のような達人はセオリーを熟知した上で、セオリー外の最善手を追求し続ける。豊島はあえて金を取らず、ほかの手を指した。そして無情なことに、この瞬間、形勢は逆転した。

 窮地を切り抜けた藤井は、もう間違えない。最後はいつもながらの鮮やかさで、豊島玉を仕留めた。豊島は潔く投了。名局の余韻を伝える、美しい投了図が残された。

 挑戦者が素晴らしいパフォーマンスを発揮し、当代最強の名人を絶体絶命のピンチにまで追い詰める。しかし名人は罠を張りめぐらし、信じられないような逆転劇を巻き起こす。名人戦の舞台では、何度も繰り返し、そうしたドラマが生まれてきた。

 藤井名人はやはり強かった。そして敗れたりとはいえ、豊島挑戦者もまた強かった。第2局以降も、名局が生まれることを期待したい。(ライター・松本博文)

AERA 2024年4月29日-5月6日合併号