政治学者の姜尚中さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、政治学的視点からアプローチします。
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英国によるウクライナへの劣化ウラン弾供与への対抗措置として、ロシアはベラルーシに戦術核の配備を表明しました。核管理がロシアにあるとはいえ、明らかに核使用のハードルが低くなったことは否めません。
ロシアのウクライナ侵攻は許されない暴挙です。なぜロシアは国際の法や正義をかなぐり捨ててでも戦争にのめり込むのか? 明らかにプーチン氏をはじめロシア国民が、この戦争をロシアという一体性の存続そのものがかかる防衛戦争とみなしているからです。それが、大国の勝手な屁理屈であることは言うまでもありません。
メキシコとカナダが仮に中国と軍事的な協定を結ぶ可能性があり、中国の武器や軍事顧問団が両国に駐留することになったら、現在の米政府はどんなリアクションをするでしょうか。キューバ危機のスケールをはるかに上回る一触即発の事態になり、場合によっては予防先制攻撃の威嚇すら考えられるはずです。もちろん、こうしたシナリオは現実にはあり得ないことですが、頭の体操にはなるはずです。
しかし、ロシアが消耗戦の果てに白旗を上げると想定することは現実的ではありませんし、プーチン氏の失脚を期待するのも、希望的観測に過ぎません。今後も殲滅戦を続行した場合、どんな結果になるかは、ジャーナリストのバーバラ・タックマンが『八月の砲声』で描いている通りです。第1次世界大戦のような総力戦的な殲滅(せんめつ)戦が残したものは「幻滅」それだけでした。ウクライナでの戦争がエスカレートし、そうならないと誰が断言できるでしょう。
いま必要なのは外交です。外交とは、法や正義にそぐわない場合があるものですが、朝鮮戦争を見てもわかるように、交渉によって停戦をむかえることができました。中国の思惑はいろいろあるでしょうが、ゼレンスキー大統領も中国の習近平氏に会いたいと言っているのですから、中国の外交的な取り組みを見定めておく必要がありそうです。中ロvs.西側という二分法に頑なにしがみつく限り、事態を打開する道は見いだせないはずです。広島で開催予定のG7首脳会議も、もっと外交的な新機軸がみえる工夫が必要になっています。
◎姜尚中(カン・サンジュン)/1950年熊本市生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科博士課程修了後、東京大学大学院情報学環・学際情報学府教授などを経て、現在東京大学名誉教授・熊本県立劇場館長兼理事長。専攻は政治学、政治思想史。テレビ・新聞・雑誌などで幅広く活躍
※AERA 2023年4月10日号