「どうして、イタリアには、コンビニエンスストアがないんでしょうね」

 主人は少し困った顔をした。

「コンビ……そりゃ、何だい?」

「あの、アメリカなんかにたくさんある、夜中も営業しているスーパーのような……」

「どうして夜中に買い物しなけりゃならないんだい?」

 それ以上、訊くのはやめにした。夜中は寝ろ、ということか。すると、主人は何を思ったのか、こんなことを言い出した。

「イタリアにも外資系の大型スーパーは進出してきたさ。夜中はやらんがね。だから、ここみたいに小さな個人店は、質のよさにこだわらなきゃダメなんだ。客は普段、食べるものがおいしくなければ、さっさと鞍替えしてしまう。だから、僕はサラミでも、チーズでも、できるだけいいものをそろえるんだ。ブリオッシュ(イタリア版のクロワッサン)やサンドイッチ用のパンだって、毎朝、地元のパン屋に焼きたてを届けてもらってるんだ」

 とはいえ、こうしたバールにも、平凡なだけに、どうしたってグローバルな商品は忍び込む。子供の菓子類、清涼飲料水、紅茶、固形調味料などは私もよく知っている世界ブランドが並んでいた。

 けれど、客が足を運ぶ決め手になるものは、客の声を聴いてそろえる。自分で選んだ地元のおいしい物に的を絞る。そうすれば、学校の同級生だった地元のパン屋も潰れずにすむし、郷土自慢のペコリーノ・チーズの生産者も支えていける。どこかの工場ではなく、客の注文に応じて目の前でつくるパニーニ(イタリア風サンドイッチ)も人気の秘密である。

 ひょっとすると、イタリアにどこでも同じコンビニエンスストアがないのは、地元のコミュニティと野太くつながっている、こんなよろず屋バールが健闘しているからではないか。主人は言葉さえ知らなかったが、こうしたバールは、ある意味で、伝統的なコンビニエンスストアなのだ。

 店を出ようとすると、主人が「ちょっと」と呼び止めて名刺をくれた。すれた旅人にはありふれたバールでも、そこには知られざる自負とプライドがあった。名刺の裏には、ひと回り大きな文字で、“品質第一”と書かれていた。

(島村菜津:ノンフィクション作家)

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