
リトマス試験紙の役割
「自分にこんなことが起きるなんて、全く予想してなかった。出会ってから、世界が広がって楽しいです。好きなものがひとつでもあることは、人生を豊かにするなと感じています」
いま、ジェノベーゼの登場するインスタのフォロワーは1200人超。親しい友人らは更新を楽しみにしてくれていて「いいね」を押してくれるが、硬派な分野を専門としていることもあり、勤務先の学生たちには「説明がめんどくさい」から公表していないという。

「悪いことをしてるわけじゃないし、かわいさを多くの人に知ってもらいたいと思って発信しています」
と話す。
性別や年齢、国籍を超えて、誰もが互いを認め合おうという風潮が出てきた時代である。多くの人にぬいぐるみ愛を理解してもらいたいと願うばかりだが、白百合女子大の菊地准教授は、こう指摘する。
「ぬいぐるみが好きな大人たちは、公開することによって何かしら嫌な思いをしていることが多いので、話す相手を選んでいます。逆に、ぬいぐるみを受け入れてもらえたら、一気に打ち解けることができる。ぬいぐるみがリトマス試験紙のような役割を果たしている」
持ち主の人生が見える
ぬいぐるみの存在がより一般的になれば、コミュニケーションが広がるということだ。菊地准教授によると、もうひとつ期待できることがあるという。
「ぬいぐるみを介して話すと、その人の人生が見える。例えば『一緒に住んでいたおばあちゃんに買ってもらった』『中学受験で心が弱っていた時にそばに置いていた』という会話ができるからです。『あなたはどんな人生でしたか?』と聞くよりもずっと話題が広がる」(菊地准教授)
なるほど。誰もが一度は、ぬいぐるみに触れたことがあることを考えると、年齢を超えた会話のきっかけとして大いに活用したいアイテムだろう。ぬいぐるみは手頃な値段のものが多く、コスパも最高だ。
幼い頃からぬいぐるみと過ごしてきた冒頭の沖さんは、時代の変化をこう語る。
「インスタなどSNSの普及と、携帯で写真がすぐ撮れるようになったことで、ぬいぐるみと過ごす日常を公開しても、それほど不思議がられなくなっていると感じます。同時に、男性がぬいぐるみ好きでもいいよね、という共感も広がっているようです」
話しかければ、ポジティブな言葉を返してくれて、心が整う。周囲とのコミュニケーションのきっかけにもなり、値段も安い。「ぬいぐるみ推し」の時代到来、かもしれない。
(編集部・古田真梨子)
※AERA 2024年4月15日号