「笑点」出演者で最古参の林家木久扇さんが、31日の放送でついに卒業する。「実は最初から落語家になりたかったわけではありません」と過去のインタビューで明かしていた。そこからいかにして笑点の人気メンバーになったのか。花道となる放送に合わせて、2022年5月31日に配信した記事を再配信する(年齢、肩書等は当時)。
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これまで、僕のところに弟子志望で来たのは30人くらいですかね。中には親に黙って、家出同然で来る子もいますから、僕はまず「親御さんと一緒に来て」と言うんです。親を説得できなければ、大事なお子さんを預かることはできません。それで諦める子も多いですね。親御さんを連れてきたら今度は、「落語家なんて飯が食えないからやめたほうがいい」って説得します(笑い)。それでも、やりたいって言って残ったのが、今の9人の弟子たちです(ほかに孫弟子2人、孫弟子の見習い1人)。
一番弟子のきく姫は、16歳のときに落語じゃなくて僕の「いやんばか~ん」っていう歌が好きで来たっていう変わった子です。当時は弟子をとっていませんでしたし、落語の噺って「てめえ」とか「ケツまくる」とか、男が話すように作られてるから、女の子に稽古つけるのも大変。だから困っちゃいましたね。それでも、彼女は音楽をやってたので声もよく通るし、話をしていても感性がいいんです。ウチのおかみさんの厚情もあって弟子にすることに決めました。二番弟子の彦いちが来たときは、「なんで僕の弟子になりたいの?」と聞いたら、「いやー、学校が近いもので」って(笑い)。
落語家の資質っていうのは、その人の内面の面白みとか、何か心の中に“発酵”しているものがあるかどうかと思うんです。そこは、見ていますね。特に、「寿限無(じゅげむ)」とか「たらちね」などの古典落語って、誰がやっても噺の内容は同じでしょう。どんなに噺のテクニックがあっても“無菌”の人って、大きなホールで1千人以上いるお客さんを一度に笑わせることができないんです。
そんな個性的で発酵した僕の弟子たちが、入門してきた逸話をまとめたのが『林家木久扇一門本』(秀和システム)。弟子の家族や親戚、ファンの人たちも買ってくれて、けっこう評判もいいんです。