林家木久扇さん(撮影/写真映像部・加藤夏子)
林家木久扇さん(撮影/写真映像部・加藤夏子)

 そうはいっても、実力の世界ですから、面白くないと思われたら出番なんてすぐになくなってしまいます。桂歌丸さんはハゲを売りものに、三遊亭圓楽さんは「星の王子さま」など、笑点のメンバーはそれぞれ個性的なキャラがあったんですが、僕には何もない。「どうしよう?」と迷っているときに、NHKで「鞍馬天狗」の時代劇が始まり、「これだ!」って思いましたね。天狗の木久ちゃんの誕生です。

弟子が真打ちになるまで死ねません

 出演した当初は一番若手だったのに、司会者も5人も送り出して、今では最長老になっちゃいました。僕も62歳のときに、胃がんで胃の3分の2を切る大きな手術をしましたし、76歳のときは喉頭がんで放射線治療を受けました。がんは治ったんですが、声が出なくなってしまって「このまま落語家も終わりかな」と思ったこともありました。

 昨年も自宅で転倒して左大腿骨を骨折。今では歩けるようになりましたけど、正座ができないのは落語家としては致命的。幸い高座では、椅子を用意してくれて「師匠は来てくれるだけでもいいんだよ」とお客さんに言っていただけるのはありがたいですね。

 二度のがんを克服して、よく「師匠、大変でしたね」と言われます。でも、僕は子供の頃に、東京大空襲を体験しているんですね。あのときの恐怖と比べたら、病気やがん、怪我も大したことはないという気持ちもあります。1日で10万人以上が亡くなっていますから、あの大空襲で死んでいた可能性もあった僕が、こうして80歳を過ぎても生かしてもらっているのは、余禄みたいなもんだという気もしています。

 ただ、弟子の扇や木りん、けい木は、まだ二つ目で真打ちになっていません。師匠というもの、弟子の真打ちの昇進披露のとき、必ず横にいなきゃいけない。だから、彼らが真打ちになるまでは、まだまだ死ぬことなんてできませんよ。

(構成・文/山下 隆)

※「朝日脳活マガジン ハレやか」(2022年6月号)より抜粋

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