音楽家・坂本龍一さん/1952年、東京都生まれ。映画「母と暮せば」(山田洋次監督)の音楽担当。東北ユースオーケストラの代表理事・監督も務める(撮影/写真部・松永卓也)
音楽家・坂本龍一さん/1952年、東京都生まれ。映画「母と暮せば」(山田洋次監督)の音楽担当。東北ユースオーケストラの代表理事・監督も務める(撮影/写真部・松永卓也)

■憎まないという戦い

坂本:それにしても、意外と僕らの上の世代で戦争を経験している人たちが、右寄りの反応を示すのが不思議なんですよ。やられたから、もう一度やり返せみたいな心情なのかなあ。ちょっと理解できない。

高橋:うちの父親も右翼だったからなあ……(笑)。でも、経験がある故に、戦争を絶対肯定しない戦中派の人たちも多いと思います。結局戦争にしろテロにしろ難民問題にしろ、それが生まれるのは、国家の論理がまずあるからだと思います。その国家の論理に、国家の論理で立ち向かおうとすると、争いが起き、泥沼化していく。パリの同時多発テロのあと、遺族が「(ISを)憎まない」(※10)と発言して話題になったけど、憎まない、攻撃しないというのは、国家の論理には加担しないということだと思います。僕たちは国民である前にまず人間であり、国という枠を超えて考えて、行動していいはずですよね。

坂本:そうですね。たとえ戦いで敵対するものをつぶしたとしても、根本的には経済的な差別や、階級的な差別、人種や宗教の問題だから、別の新しい敵対勢力が生まれるだけ。富の再分配を考えたり、差別をなくしたりしていくような社会をつくらない限り、次々と起こります。

高橋:まったくその通りです。だからこそ、国家がやろうとする無謀な争いには、個人として反対なんだと強く言い続ける必要があると思います。

坂本:それは、安保法制やヘイトスピーチに対しても同じで、自分たちの意見を表明するために声をあげ続けなくてはいけないし、世界中で大勢の人が声をあげることが大事。今、その動きが日本でも生まれてきたことは、法や政治の面では厳しくなっているけれども、希望なんじゃないかな。

高橋:ええ。そして敵対するものに、敵対しないことですね。相手と同じものになってしまうから。

坂本:優しくハグする。それが一番ですね。

(構成/編集部・大川恵実)

※「AERA」 2016年1月4日号掲載

【脚注】

(※1)連合赤軍

 新左翼組織の一つ。共産主義者同盟赤軍派と京浜安保共闘が合流して結成。山岳ベース事件、あさま山荘事件などを起こした。

(※2)在特会(在日特権を許さない市民の会)

 東京・新大久保等でヘイトスピーチを伴う街宣をする。それに反対する「カウンター」も現れた。

(※3)オキュパイ・ウォールストリート(ウォール街を占拠せよ)

 2011年、米・ウォール街で発生。公園を占拠し「格差社会の是正」などの主張を様々な形でアピールした。

(※4)コール・アンド・レスポンス

 呼びかけとそれに応答すること。例えば「民主主義って何だ?」「これだ!」という一連のやりとり。米国のラップ音楽等で頻繁に使われる。

(※5)イラク戦争

 2003年3月、イラクが大量破壊兵器を保有しているとして米が攻撃を開始。日本も自衛隊が重火器を携行する初めての海外任務に参加した。

(※6)祝島

 山口県上関町祝島。1982年に中国電力の上関原発計画が浮上して以来、住民が毎週月曜に原発反対デモをしている。

(※7)ギリシャの古代アテナイ

 古代ギリシャの都市国家(ポリス)。民主主義発祥の地と言われる。

(※8)代議制民主主義

 有権者が選挙を通して政治家を選び政治家が政策決定を行う。間接民主制、議会制民主主義とも同義。

(※9)直接政治

 代議制民主主義の対概念として直接民主制がある。市民の意見をそのまま政治に反映するシステム。

(※10)「(ISを)憎まない」

 パリ同時多発テロで妻を失った仏人男性が容疑者に向け発したメッセージ。