「周縁の町から」(1986年、埼玉県春日部市)から。撮影:大西みつぐ

来る時代のモニュメント

大西さんが移り住んだころの荒川の河川敷には公園が整備され、周辺には住宅が立ち並ぶようになっていた。一方、レトロな雰囲気を残す商店街もあった。テレビなどで紹介されることも多い「砂町銀座商店街」だ。しかし、そこにはあえて足を運ばなかった。

「商店街に行くと、今川焼きを作っているおじさんとか、人に近寄って撮りたくなっちゃうんです。それでは、これまで撮ってきた作品と似通ってしまう。『河口の町』の撮影では、商店街路線は断ち切った」

大西さんは荒川沿いの風景にバブル前夜の時代のうねりを感じていた。

作品の1枚には、川岸に浮かぶ遊漁船が写っている。船上の子どもたちやピースサインをする女性を夏の西日が照らしている。その背景で建設中の首都高速道路の高架が存在感を放っている。大西さん荒川に沿って伸びつつある高速道路を何度も画面に写し込んだ。

「それが、来る時代のモニュメントみたいに見えたんです。東京湾の埋め立て地ではJR京葉線の建設も進んでいた。周辺には荒野みたいな殺風景な土地が広がっていた。このあたりの風景は劇的に変わっていくだろうな、という思いがあった」

「周縁の町から」(1986年、千葉県沼南町)から。撮影:大西みつぐ

照れくさい感じがする時代

大西さんは85年に「河口の町」を撮り終えると、今度は東京近郊に足を運び、「周縁の町から」という題名の作品に取り組み始めた。その背景にあったのが83年にオープンした東京ディズニーランドだという。

「『河口の町』を撮っていたころから荒川の向こうにできたディズニーランドがチラチラと気になっていた。何もなかった埋め立て地にディズニーランドができて、人が集まり、新しい町ができるんだろうな、という思いがあった。それで、変わりゆく東京近郊を撮ろうと思った」

訪れたのは千葉県北西部や埼玉県南部。船橋、柏、大宮、春日部といったターミナル駅で降りると、周辺には東京のベッドタウンが広がっていた。

「休日に市民公園みたいな場所を訪れると、家族向けのイベントが行われていた。どこも同じような内容だったんですけれど、それがすごく面白かった」

イベント会場では、大西さんと同年代の父親と母親、子どもが伸び伸びと遊んでいるように見えた。「景気がよくなってきた風景って、こういうことか」と思った。

「照れくさい感じがする、妙な時代だったですよ。もう、こんなことはやらないですよねえ」と言って見せてくれた写真には青いエプロンを身につけた20人ほどの女性が並んでいる。

「これは即席のステージの舞台裏を写した写真で、『エプロン美人コンテスト』をやっているところなんです。ニュータウンに引っ越してきた人たちなんでしょう。みんな同じような感じの女性だったことが印象に残っています」

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