最相葉月(さいしょう・はづき)/1963年、東京都生まれ、神戸育ち。関西学院大学法学部卒業。科学技術と人間の関係性、スポーツ、精神医療、信仰などをテーマに執筆活動を行う。『絶対音感』『星新一』『青いバラ』『セラピスト』『証し 日本のキリスト者』『中井久夫 人と仕事』など多数の著書がある(撮影/伊ケ崎 忍)

 AERAで連載中の「この人のこの本」では、いま読んでおくべき一冊を取り上げ、そこに込めた思いや舞台裏を著者にインタビュー。

 約30年にわたり、脳血管性認知症を患った母の介護、がんで逝った父の看取りを経験した著者の最相葉月さん。その渦中と両親の死後の心境をはじめ、さまざまなメディアに寄稿したエッセイを集めた。本文は6章に分かれ、両親の話から、科学、旅、人生相談、生と死、信仰まで多彩な内容。それはそのまま、最相さんが書き続けてきたノンフィクション作品の広がりと重なっている『母の最終講義』。最相さんに同書にかける思いを聞いた。

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 最相葉月さん(60)の著作といえばじっくり取材を重ねた厚みのあるノンフィクション。情緒過多にならず、対象と程よい距離を保つ作風が好もしく、新作がいつも楽しみだった。だが今回は驚いた。『母の最終講義』というタイトル。脳血管性認知症という家族にとって大変な病気を患った実母を約30年もの間介護してきたという。あれだけの仕事と遠距離介護を両立させていたと知り、すぐ手に取った。

「出版元であるミシマ社の担当編集者は入社間もなく『胎児のはなし』を担当してくれた人で、彼女は私が以前出したエッセイ集『なんといふ空』がとても好きだと言ってくれたんです。もうあれは二度と書けないけれど、その後もあちこちで書いてきたもののファイルがあるので、『読んでみますか?』とお預けしました。それを半年ほどかけて読み込み、取捨選択して並べ替えてくださってでき上がったのが『母の最終講義』です」

 その編集者はまだ30歳。最相さんがノンフィクションライターとしてのデビュー30周年、母を介護して看取るまでも30年。いろいろな「30年つながり」が一冊の本を生んだ。

 本書は介護の苦労話だけを収めた本ではない。一つ一つは短いが多彩な原稿を集めているので読みやすく、幅広い年齢の人にも届く内容となっている。また、最相さんの仕事は取材の旅を続けながら書くことであり、本書を読んで私生活と仕事が互いに照り映える存在であることがよくわかった。多くの人との出会いが父母への視点を養い、介護などの人生経験が取材力を増したのだ。近年の作品では日本のキリスト者135人にインタビューして生まれた『証し 日本のキリスト者』に、強くそれを感じる。

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