撮影/写真映像部・上田泰世

 忘れがたいのは、幕下上位で初めて十両力士と対戦した一番。

「空気が全然違うんです。十両での対戦は幕下以下と違って、立ち合いまでに水をくんでもらって塩を巻く、という一連の所作があります。初めての時は、相撲がどうこうよりも所作を間違えないことだけに神経を集中していました。地に足がつかないとはこういうことかと思いましたね」

 十両力士との対戦は2度経験した。3度目はあるだろうか。

「もう一度、幕下上位に戻ってBSテレビで放送してもらえる午後の時間帯に相撲を取ってみたい。そこまでいけば、踏ん切りがつきそうな気がします。取れるか取れないかは分からないですけど、何とか精一杯やれるだけやって、ダメだったら諦めがつくかもしれません」

 しかし、当面引退はなさそうだ。翔傑さんが大相撲力士でいられる理由の根底には体力と健康の維持がある。

「同世代や少し下の世代でも、あっちが痛いこっちが痛いとか、病気の話をよく耳にしますが、自分はそうじゃない。体調が悪いことはあっても糖尿病や内臓疾患もないですし、最年長だからって老いぼれた相撲を取っているとは思っていません。年齢なんてあくまでも数字の上での話。そう考えると、自分が今も全力で相撲を取れるのは同年代の周囲の人とは違うからだと思っています」。地道な稽古の積み重ねがあってこそ今がある。翔傑さんはこう続けた。

「負けが込むことはあっても全敗したことはないんです。まだ勝てる、という気持ちがある限り辞める気にはなりません。あのおっさん、まだ相撲取ってんだって呆れる人もいるでしょうけど、なかには励みになる、と言ってくれる人もいます。少しでも活力につなげてもらえるならうれしいです」

 自分のこだわりを貫くことで相撲界の常識に静かにあらがってきた。その信念がぶれることはない。

(編集部・渡辺豪)

AERA 2024年3月25日号より抜粋

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