稽古をほとんど休まない翔傑さん(中央)。「自分はへたくそだから数をこなして、ある程度苦しめないと自信がつかない」と話す(撮影/写真映像部・上田泰世)

 50歳前後になっても現役を続けるプロアスリートがいる。若手が次々と台頭する体力勝負の世界でどうやって地歩を築いているのか。生存戦略を探った。AERA2024年3月25日号より。

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 大相撲の現役最年長力士が芝田山部屋にいる。三段目の翔傑(しょうけつ)さん、47歳。昭和以降で2番目の高齢力士だ。1995年春場所の初土俵から30年目。コロナ休場以外は一日も休まずに皆勤を続ける「鉄人力士」としても知られる。

撮影/写真映像部・上田泰世

 2月中旬、東京都杉並区の芝田山部屋で気迫のこもった翔傑さんの稽古を目の当たりにした。10番、20番、30番……。若手力士の激しい当たりを受け止め、全身から汗が噴き出る。それでも苦しそうな表情はほとんど見せない。何度も投げ飛ばされ、息の上がった後輩に、「もっと突け」とゲキを飛ばす姿は部屋のリーダーそのもの。稽古を見守る芝田山親方(元横綱・大乃国)も「いるだけで稽古場が引き締まる」と絶大な信頼を寄せる。

「稽古場で相撲取ったら負ける相手はいないんだよ。この年齢になっても部屋の掃除や片づけも率先してやる。誰も彼の領域には入っていけないということです」

撮影/写真映像部・上田泰世

一番にかける重さ

「駒乃富士」のしこ名だった2004年初場所は幕下で6連勝。13日目に当時「萩原」のしこ名だった二所ノ関親方(元横綱・稀勢の里)との全勝対決に敗れ、惜しくも優勝を譲った。じつは翔傑さん、横綱に昇進した稀勢の里関の付け人になり、幕内優勝を見届けている。

「こういう巡り合わせってあるんだな、と思いました。だから、横綱の後ろでずっと一挙手一投足を見逃すまいという気持ちで立っていました」

 その経験から何を得たのか。

「ただ相撲を取る、というだけのことですけど、一番にかける重さが伝わり圧倒されました。すごくいい経験でした」

 皆勤については「あまり気にしたことはない」と言う。ただ、こんなエピソードを語ってくれた。20歳を過ぎた頃。稽古で寄り倒された際に足が肉離れを起こしてトイレで座ることもできないほどの激しい痛みに見舞われた。親方の了承を得て本場所は休場するつもりだったが、兄弟子に「立って歩けるんだったら相撲取れるだろ」と言われ、とっさに「出ます」と答えていた。

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渡辺豪

渡辺豪

ニュース週刊誌『AERA』記者。毎日新聞、沖縄タイムス記者を経てフリー。著書に『「アメとムチ」の構図~普天間移設の内幕~』(第14回平和・協同ジャーナリスト基金奨励賞)、『波よ鎮まれ~尖閣への視座~』(第13回石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞)など。毎日新聞で「沖縄論壇時評」を連載中(2017年~)。沖縄論考サイトOKIRON/オキロンのコア・エディター。沖縄以外のことも幅広く取材・執筆します。

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