小さい頃からいつもほったらかしだったろ! 運動会だって、一緒に弁当を食べたことなんてなかったじゃないか! 口には出しません。でも、「愛情をかけてもらえない親からは、はやく離れたい」と考えていた自分を蘇らせ、辛くあたってしまった。

 そんなある日、慣れない東京暮らしで弱気になっていたところもあったのでしょう、家に帰ると、飲めない酒を飲んでぽろぽろぽろぽろ一人で泣いている母がいました。おふくろにしてみれば、日用品の卸売店に勤めながらの必死の子育てだったと頭ではわかっていたのですが、当時の僕は、見て見ぬふりをしてしまいました。「ごめん」のひと言が言えなかったのです。

 1年ぐらいして、仕事が順調になりだしました。運よく、外人顔がモテはやされる時代の波に乗りました。家に帰ると、

「すごいね、すごいね、すごいね」

 あんたは、すごい、あんたはすごいよ。そうしっかり褒めてくれた母。それでも僕ははぐらかしてしまった。どうしたんだよ、おふくろ。おふくろらしくないじゃないか。気を遣ってるんじゃないのか──。そのときも言えなかったのです。ありがとう、と。

 思えば、チビの頃から小倉で言われていました。

「『ごめんなさい』と『ありがとう』は、素直に言えたほうがいいよ」

 そんな人になりなさいな。

 当時の思い出の写真があります。小学3年生のときのこと。二人で動物園に行って、おふくろが撮ってくれました。その写真を見ると、思い出す言葉がもうひとつあります。

「あんたと私は目がそっくりだよね」

 ああそうか、そっくりなのか。おふくろは俺をよく見ていたんだなあ。

 自分の目のなかに母を見ます。こうしていまも、守られているのです。

著者プロフィールを見る
草刈正雄

草刈正雄

草刈正雄(くさかり・まさお) 1952年福岡県生まれ。69年デビュー。70年に資生堂のCMに起用され人気を博す。以後、俳優としても活動開始。74年に映画『卑弥呼』で映画デビュー。以来、『復活の日』『汚れた英雄』など数々の話題作に主演するほか、テレビドラマ、舞台でも幅広く活躍。2016年のNHK大河ドラマ『真田丸』や19年の連続テレビ小説『なつぞら』などでもさらに話題を集める。09年から教養バラエティ番組『美の壺』(NHK BSプレミアム)の2代目ナビゲーターを務め好評を博している。近刊に、『ありがとう!──僕の役者人生を語ろう』(世界文化社)

草刈正雄の記事一覧はこちら
暮らしとモノ班 for promotion
シンプルでおしゃれな男女兼用日傘で熱中症を防ごう!軽さ&大きさ、どちらを重視する?