9月18日〜22日頃は『玄鳥去(つばめさる)』。ツバメたちが、冬を前に南の国へ旅立つ時季です。そして来年の春には、子育てをするためまた日本に帰ってくるのですね。ところで、この夏までジギジギとおねだりしてはエサを食べさせてもらっていたヒナたちも、過酷な旅に出るのでしょうか? 巣立ったあと、彼らはどうしているのでしょう?

旅立つ前のミーティング? さよならニッポン
旅立つ前のミーティング? さよならニッポン

もう帰る巣のない幼鳥たち。「渡り」を前に、集団で暮らします

食糧や繁殖のため定期的に長距離を移動する『渡り鳥』。日本でもいろいろ見られます。ツバメなどの「夏鳥」は、春に来て子育てし、秋になると南の国に去っていきます。オオハクチョウなどの「冬鳥」は、越冬するために北の国から日本にやってきます。チドリなどの「旅鳥」は、北国で繁殖し南国で越冬するため、中継地点として日本を通りかかります。
人間の世界では、転々とする苦労人を「渡り鳥」と表現したりしますが、『渡り』の旅はまさに苦労の連続。嵐や天敵など危険もいっぱいです。ツバメたちも、毎回命がけで種の楽園をめざします。
5月下旬。生まれてからおよそ20日で巣立った一番子のヒナたち。ツバメは2回子育てをする親が多く、生まれた巣は、これから育つ弟妹(二番子)たちのもの。巣立った子の居場所はありません。
そこで、幼鳥たちは集まって、出発の日まで水辺のアシ原や大きな樹木などで集団生活をします。早く一人前にならないと、南の国に渡っていけません。渡り鳥としての自覚を高める寮生活といったところでしょうか。幼鳥は、尾が短いので遠くからでもよくわかります。
夏になると、2回目の子育てが終わった親鳥たちも集団に加わります。夕方、空にたくさんのツバメたちが集結して、日が沈むと一斉にねぐらに入っていきます。「集団ねぐら」は毎日少しずつ移動するうえ、夜明けにはツバメたちはもう飛び立っているので、なかなか見つけにくいようです。集団はだんだん大きくなり、秋には数千〜数万羽もの大群になるといいます。

集団ねぐら入り。明日は、誰が旅立つのでしょう
集団ねぐら入り。明日は、誰が旅立つのでしょう

歩かないツバメ。渡り鳥を見送れる場所をご存じですか?

ある日の明け方前に小グループで出発。親鳥から先に南へと旅立ち、幼鳥は渡る体力がつくのを待ちます。連れて行ってはもらえません。7月後半になると、ねぐらは親の割合が少なくなってきます。それでも10月頃までには、皆出発するようです。
渡りにはいくつかのコースがあるようです。まだ一度も通ったことのない何千キロもの空の道を、親もいないのに、幼鳥はどうやって迷わずに行けるのでしょう?
ツバメには、目印のない海の上でも目的地に向かって飛び続けられるよう、太陽や地磁気によって方角を知る能力があるといいます。さらには、目的地に近づくと地形や目立つ建造物をたよりに正しい場所を見つけるのだそうです。生まれながらに「渡る力」が備えられていたのですね。
ツバメの体は、空中生活用にできています。食事はもちろん、水浴びすら下に降り立つことなく水面すれすれを飛びながら一瞬で(カラスもびっくりの瞬間行水で、水飲みとの区別がつかないくらいです)。大きな翼は長距離飛行に耐える丈夫さなのに、退化した足は弱くて歩くのが苦手。他の小鳥と比べて巣立ちまでの日数が長いのは、巣立ったらすぐ飛ぶ必要があるためです。
高速で飛びまわりながら小さな虫を見分ける目。飛んでいる昆虫をくわえとりやすいように大きく深く開く、嘴。上嘴には左右5本ずつくらいヒゲがあり、虫取りアミの役割をします。
飛行速度は時速45km、最高時速は200kmともいわれます。また、長い尾や翼のひと振りで、急旋回・急降下・停止飛行も思いのまま! 多くの渡り鳥が、気流が安定していて天敵に襲われにくい夜間に渡るなか、飛翔力に優れたツバメは、昼間に堂々と渡っていくのです。
沖縄の島々では 9月半ば〜10月半ば、あちこちに大きな群れが見られるそうです。本州や四国の海沿いから九州、西南諸島を通って南へ渡るツバメたち。島づたいに長い旅をしてきて、海上の長い距離を渡る前にしばし休息するのでしょうか。
また愛知県渥美半島の伊良湖岬(いらござき)は、南の国に渡る鳥が見られる観察地として有名です。ツバメはここから東南アジアのフィリピン・マレーシアなどをめざします。旅立つ渡り鳥たちを見送りたい方は、リンク先で出発の時期をチェックしてみてくださいね。

出国しないツバメも。南の国では、体をつくる楽屋生活!

日本を去ったのは、寒さ以上にエサ(昆虫)がないから。ツバメが越冬するフィリピン・タイ・ベトナム・カンボジア・インドネシアなどの東南アジアは、年間を通して暖かく雨が多い気候。年に2〜3回も稲が栽培され、虫もいっぱいいます。
越冬地では子育てしないので巣は作らず、日中は田んぼ・川・沼などでエサ捕りに励み、夜は市街地の電線や街路樹を集団ねぐらにします。日暮れになると、エサ場から帰ってきたおびただしい数のツバメが街中を乱舞し、等間隔で並んで眠っているそうです。タイの首都バンコクのシーロム通りは有名で、かつては繁華街の電線に11万羽ものツバメが寝ていたといいます。マレーシアのケニンガウにも約10万羽の集団ねぐらがあり、日本で足環を付けたツバメも見つかっているそうです。
そして渡りの途中にとまっていた換羽が再開し、すり切れた羽も春までには全身抜け替わります。子育て舞台の楽屋のように、新しい羽に着替えて新しい春を迎え、ツバメはまた日本にやってくるのですね。
少数ですが、南へ渡らないで日本にとどまるツバメもいます。
冬でも暖かい九州や静岡県の浜名湖、茨城県の霞ヶ浦など、大きな川や湖の近くでは冬でも水生昆虫の羽化があるためか「越冬ツバメ」が見られ、浜名湖畔では(東南アジアと同じように)湖近くの崖で吹き上げられてくる虫を食べているところも目撃されています。また、海苔養殖をしている千葉県富津市の漁港では、干した海苔のくずに発生するハマベハエをねらって来るたくさんの鳥の中に越冬ツバメも混じっているそうです。
一方、九州より暖かい沖縄では不思議と越冬や繁殖するツバメは見られず、かわりに『リュウキュウツバメ』が一年中住んでいます。『玄鳥』という呼び名の「玄」は「黒」。生まれながらに飛ぶ玄人(くろうと)であるツバメにも、渡りは厳しく危険な長旅・・・南へ出発した鳥たちがどうか無事に暖かい国に着けますように。
<参考>
『ツバメ 田んぼの生きものたち』佐藤信敏(農文協)
『ツバメ 春にくる渡り鳥』亀田龍吉 (あかね書房)
『ツバメのくらし』菅原光二(あかね書房)