2016年10月12日の夜、21歳のクララは帰宅途中に何者かにガソリンをかけられ、火を放たれた。捜査官ヨアン(バスティアン・ブイヨン)らの捜査で彼女の奔放な交際歴が明らかになってゆく。だが犯人は見つからずヨアンは次第に事件に取り憑かれていく──。実際の未解決事件をもとにした映画「12日の殺人」。ドミニク・モル監督に本作の見どころを聞いた。
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本作は実事件を基にしたポーリーヌ・ゲナのノンフィクションを原案にしています。本との出合いは偶然でしたが、読んで捜査官ヨアンがこの事件に妄執を抱いた気持ちに、なぜか共振するものがありました。彼が若い女性の死に取り憑かれたのと同様に、私の頭から離れなくなったのです。
この事件はフェミサイド(女性であることを理由にした殺人)で、こうした犯罪の90%は男性加害者によるものです。そこにはおそらく男性の持つある種の「暴力性の存在」が関係する。その捜査をするのは男性ばかりのチームです。
行き詰まっていた捜査は3年後、女性判事によって再び動き出します。これも現実に起こったことです。フランスの警察は男社会ですが判事は女性が多いのです。さらに新任の女性捜査官がチームに加わる。ヨアンは次第に「男性であること」を自問し「すべての男性がクララを殺したようにも感じる」と言います。もちろん全ての男性に責任があるという意味ではありませんし、フェミサイドを解決するのに女性の手が必要だと言っているわけでもない。ただ「なぜ女性への犯罪の9割が男性によるものなのか」という事実を我々は自問し、それをどう解決していくかを考え続けなければいけない。そのためには男女関係なく力を合わせることが鍵になるのではないか、そんな思いを映画に込めました。
私は暴力描写を「クールだ」と嬉々として見せるような表現を好みません。暴力を描くには正当な理由がなければならない。それが作り手の責任です。今回はこの恐ろしい事件の発端をどう見せるか、非常に悩みました。この物語の裏には実際に殺された女性がいる。そのことを忘れたことはありません。そのうえでみなさんの心に何かが残ってくれれば、と思います。
(取材/文・中村千晶)
※AERA 2024年3月4日号