近年、テレビや新聞でも取り上げられることが多くなり、学校現場では認知度が高まりつつある発達障害。その一種、ADHD(注意欠如・多動性障害)は、衝動的で落ち着きがなく、じっとしていられない。興味を持ったことには一生懸命取り組むが、興味がないことは一切やらない。など、得意と不得意がアンバランスで、学校や社会生活で困難さが見られることなどが特徴です。知的な遅れを伴う場合もありますが、知的障害がない場合も多く、むしろ普通の人よりもIQは高く、高学歴な人も存在します。



 たとえば今や押しも押されぬ起業家の1人、楽天の三木谷浩史社長。同氏の半生をルポルタージュした書籍『ファースト・ペンギン 楽天・三木谷浩史の挑戦』によれば、三木谷氏にも少なからず、ADHD(注意欠如・多動性障害)傾向があることが明らかになっています。



 同書によれば、三木谷氏は、LCC、教育、農業、野球など、多岐にわたる話題を、相手のことなどお構いなしに、マシンガンのようにどんどん話し、周囲を置いてけぼりにすることもしばしば。まるで、頭の中に何本もの電車が走っているかのようだと描写しています。



 著者の大西康之氏も、取材時に、興味がない質問をされると「早く終わってくれないかなあ」とばかりに、退屈な表情を隠さない三木谷氏を評して、"記者泣かせ"と述べ、三木谷氏本人も、いくつもの事柄を同時進行で考える自身の思考回路について、「他の人と違う。ADHD(注意欠如・多動性障害)の傾向があるかもしれない」(同書より)と自己診断しています。



 もっとも、当の三木谷氏自身は、そのことを気に病む様子はなく「頭の構造が、他の人とちょっと違う。それだけのことでしょ。IT、ネット企業のアントレプレナーは、みんなそんな感じ。僕より、ぶっ飛んでますよ」(同書より)と肯定的に受け止めています。また、大西氏も、マイクロソフトのビル・ゲイツ、グーグルのセルゲイ・ブリンとラリー・ペイジ、アマゾンのジェフ・べゾスなど、IT関連の創業者には、この傾向があるのではないかと述べ、三木谷氏の意見におおむね同意。



 小学校1年生からアメリカで過ごし、3年生から日本の小学校に通い始めた三木谷氏は、授業中も、大人しく座っていられずにフラフラ歩き回ってしまう子供でした。発達障害への理解もなかった当時、廊下に立たされることも多く、学校では「立たされ坊主」で有名だったとか。



 勉強に興味が持てないまま、両親の勧めで全寮制の中高一貫校・岡山白陵中学に進学しますが、成績は41人のクラスでビリから2番目。スパルタ教育の校風に馴染めずに、中学2年次で退学し、地元の公立中学・公立高校に進みます。



 成績不振に陥っていた三木谷氏は、一時期は料理人を目指して調理師の専門学校に進むことも検討したほどでしたが、一橋大学卒で、総合商社のビジネスマンとして活躍した母方の祖父と「同じ大学に行きたい!」と一念発起し、一浪の末に一橋大に合格。



 同書では、三木谷氏が、数々の失敗にもめげない、圧倒的な自己肯定感を育むことができたのは、両親、祖父の影響が大きいと分析しています。



 経済学者の父、総合商社で活躍していた母、徳島大学医学部に進み医師になった姉、東大卒で研究者になった兄。超エリート一家である三木谷家のなかでは、勉強の成績が悪い末っ子の三木谷氏は、"落ちこぼれ"の存在でした。普通だったら、成績優秀な姉や兄を見習えと叱咤されるところですが、両親は"興味があることは一心不乱に努力するが、関心のないことはまったくやらない"という三木谷氏の特性を認め、息子に勉強を強制させることもなく、進む道を信じて見守っていました。また、祖父も"3人兄弟のなかで、この子が一番面白い"と孫に愛情を注いだのだとか。



 大人になった今でも、その傾向は変わらないという三木谷氏。たとえ相手が大先輩や大事な取引先でも、興味がない話題になると大あくび。本人に悪気はないのですが、相手からは"礼儀知らず""生意気"と悪印象を持たれたり、周囲をヒヤヒヤさせたりすることも多々あります。しかし、ここ一番と判断したときの集中力はすさまじく、問題を一挙に解決していきます。



 同書タイトルのファースト・ペンギンとは、魚を求めて、群れから飛び出て最初に飛び込むペンギンのこと。三木谷氏の人生を見る限り、安定を求めずに、ハイリスクを冒してでも開拓していくというADHDの傾向を持つからこそ、大きな成功を収めた、といえるかもしれません。