同じ経済アナリストとして活躍する森永卓郎さん・康平さん親子。卓郎さんの体調が思わしくない間は、父の仕事を康平さんが代打として務めることもあったという(写真:森永康平さん提供)

 昨年12月27日、経済アナリストの森永卓郎さんがすい臓がんを公表した。家族はどのように支えているのか。「父の人生は父が決める」。これが家族の共通認識だ。AERA 2024年2月19日号より。

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 がん発覚の昨年11月初旬から公表した12月末までの間、一切治療はしていなかった。ラジオで公表した27日当日、放送を終えると経済アナリストの森永卓郎さん(66)は最初の抗がん剤治療を外来で受け、帰宅した。

 その後、森永さんの体調は悪化し、森永さんの息子で、同じく経済アナリストとして活躍する康平さん(39)は30日に急遽実家に帰った。これまで体調がいくら悪かろうと吸い続けてきたたばこは吸えなくなっていた。寒いから上着を着た方がいいと言っても「上着が重い」と言う。それほどまでに弱ってしまった姿に困惑した。普段は家族の言うことを一切聞かない森永さんも、衰弱する姿を見かねた康平さんの「今すぐに入院をすべき」という意見に反抗することなく素直だったという。病院に連れていく過程で康平さんは「家族である」ことを感じたと話す。「肩を貸して車いすに乗せてと、父含め家族4人での共同作業でした。僕が幼いころ、父は家にいないことが多く、一緒に何かした記憶もほとんどない。大人になればばらばらに過ごすので、家族で何かをやるということがなかったんです。変な話ですけど、その意味で昨年の12月30日は、すごく悲惨な日ではありながら、めっちゃ“家族感”があったんです」

治療費は300万円超

 森永さんとも話し合った。抗がん剤治療を続けるにしても体力が持たない。そこで年明けすぐに、まずは落ち切っている免疫力を高める治療を始めた。すると森永さんの体調は回復、死ぬ間際の状態からは脱した。1月初旬には毎日の免疫療法のために入院。1月13日、康平さんは見舞いに行って驚いた。

「普通に椅子に座ってパソコンをカタカタたたいているんですよ。『大丈夫?』と聞いたら『だいぶ良くなった』って普通に話せる。『なんかやることある?』と聞くと『売店でアイス買ってきて』って、食欲も徐々に戻ってきていました」

 入院を続け、1月下旬には退院を言い出すほどに体調は回復した。その間、血液を米国に送ってがんの遺伝子パネル検査も試みた。検査の結果、すい臓がんを示すデータは出なかった。

「どこにがんがあるかわからない原発不明がんということでした。それを聞いた時、もちろん医者の診断を信じることも大切な一方で、鵜呑みにすることなくワンテンポ置いて家族でも考えてみるということは大事だと思いました」

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秦正理

秦正理

ニュース週刊誌「AERA」記者。増刊「甲子園」の編集を週刊朝日時代から長年担当中。高校野球、バスケットボール、五輪など、スポーツを中心に増刊の編集にも携わっています。

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