江國香織(えくに・かおり)/1964年、東京都生まれ。キャリア初期の代表作に『きらきらひかる』『落下する夕方』『ヤモリ、カエル、シジミチョウ』など。2004年、『号泣する準備はできていた』で直木賞を受賞。近著に『シェニール織とか黄肉のメロンとか』など(撮影/写真映像部・上田泰世)

 AERAで連載中の「この人のこの本」では、いま読んでおくべき一冊を取り上げ、そこに込めた思いや舞台裏を著者にインタビュー。

 高校生のときに、『方丈記』の「ゆく河の流れ」に触れたことで川が特別な存在になった、という江國香織さんが描く「三つの場所と人生の三つの時間」をテーマにした小説『川のある街』。江國さんに同書にかける思いを聞いた。

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 いま見ている水とさっき見た水は違うのに、なぜ同じ「川」なのだろう──。左から右へと、ひたすら流れていく水を見て、8歳の望子(もちこ)は心のなかでそう呟く。江國香織さん(59)の新刊『川のある街』の1話目は、そんな望子の視点で、離婚した両親について、そして新たに暮らし始めた街について描かれる。

「望子の言っていること、私もとてもよくわかるんです」

 そう江國さんは言う。

「川に限らず、幼い頃は隣の家の塀がなんとなく好きだな、と思ったり、ざらざらの塀もあればつるつるの塀もあるんだな、と感じたり。色々なものに対し、いまとは違う感覚を持っていたな、と」

『川のある街』は、その名の通り、川が印象的な街で暮らす年代の異なる女性たちの三つの物語からなる。どんな人をも受け入れる懐の深さ、戻ることのできない儚さ。川によってもたらされる情緒に、それぞれの人生が重なる。

「川」をモチーフにした作品を、と決めていたわけではなかった。土地にインスパイアされた物語を紡ぎたいと、訪れたことのない街に足を運んだとき、その中心に流れる川の姿に心奪われた。

 街を最も多面的に捉えているのは2話目「川のある街 II」だろう。遊覧船の屋根にとまるのが好きな、観察眼の鋭いカラスの視点で描かれ、全体像が浮かび上がる。彼が感じる喜び、失望への不安。

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